クラシック音楽の楽曲に関する話題を中心に、芸術について考えたこと、哲学・文学・美学などのちょっとアカデミックな話、聴きに行った演奏会や観に行った展覧会、うちの猫ちゃんのことやクラシックCD聴き比べ、その他日常の諸々を含め、適当な文章を書き綴っていきます。「ボクノオンガク」というブログ名は、よくあるパソコンの音楽フォルダ名“My Music”の和訳と、小澤征爾さんの本『ボクの音楽武者修行』から。

Monthly archive 3月, 2009
シューマン 交響曲第1番「春」:春のうたとしての交響曲

シューマン 交響曲第1番「春」:春のうたとしての交響曲

シューマン 交響曲第1番変ロ長調 作品38「春」 シューマンの交響曲というと、そのオーケストレーションの弱さが常に指摘され続けてきたことは周知の事実である。 昔はシューマンの交響曲をいかに指揮者が改めるか、という点に注目がいったのだが、最近は楽譜通りに演奏するようにはなっている。 しかし、結局は良い演奏をするためにパート間のバランスやハーモニーを整える努力を要するわけで、彼の「管弦楽法の弱さ」は現 […]
メンデルスゾーン 交響曲第4番「イタリア」:憧憬という風景

メンデルスゾーン 交響曲第4番「イタリア」:憧憬という風景

メンデルスゾーン 交響曲第4番「イタリア」 作品90 現在最も親しまれているメンデルスゾーンの交響曲は、間違いなくこの「イタリア」である。 メンデルスゾーンがイタリアへ旅行中に手がけられた作品で、1楽章の冒頭だけ聴けば、誰もが「なるほど」と言わんばかりのイタリア風。 弾けるように踊り出すリズムと旋律が、情感たっぷりに歌われるのを聴けば、すぐにこの曲の虜になる。 我々がイタリア(或いはイタリア人)に […]
ロッシーニ 歌劇「泥棒かささぎ」序曲:きっと残り続ける曲の1つ

ロッシーニ 歌劇「泥棒かささぎ」序曲:きっと残り続ける曲の1つ

ロッシーニ 歌劇「泥棒かささぎ」序曲 ロッシーニのオペラと言えば、やはり「ウィリアム・テル」と「セビリアの理髪師」が知名度、名曲としての存在感において抜群だが、僕は「泥棒かささぎ」や「絹のはしご」、「チェネレントラ」なんかも案外好きである。 高校の頃はよく聴いていたのだが、近頃はあまりロッシーニを聴かなくなっていた。 しかし某保険会社のCMで耳にして、「泥棒かささぎ」をCMに使うとはなかなかだなあ […]
アルビノーニ オーボエ協奏曲:ちょっとおすまし

アルビノーニ オーボエ協奏曲:ちょっとおすまし

アルビノーニ オーボエ協奏曲作品7、9 クラシック入門みたいなCDによく「アルビノーニのアダージョ」が入っているが、敢えてそこには触れないで、オーボエ協奏曲を取り上げる。 そもそも、「アルビノーニのアダージョ」は、アルビノーニのオリジナルではなく、発見された断片的な楽譜を後になって復元したものだ、というのはよく知られている。 僕の知る限り、アルビノーニのオーボエ協奏曲とは、アダージョの次に出会える […]
シェーンベルク 月に憑かれたピエロ:何を歌う?

シェーンベルク 月に憑かれたピエロ:何を歌う?

シェーンベルク 月に憑かれたピエロ 作品21 新ウィーン楽派の代表格であるシェーンベルクの、歌曲というかなんというか、よくわからない室内楽といったところ。 1912年初演、賛否両論、話題性抜群、ラヴェルやストラヴィンスキーにも影響を与えた。 シュプレッヒシュティンメという独特の発声法によるソプラノ、フルート(ピッコロ持ち替え)、クラリネット(バスクラリネット持ち替え)、ヴァイオリン(ヴィオラ持ち替 […]
伊福部昭 日本狂詩曲:これぞ日本人のラプソディー

伊福部昭 日本狂詩曲:これぞ日本人のラプソディー

伊福部昭 日本狂詩曲 このブログで初紹介となる邦人作曲家の曲は、『ゴジラ』の音楽でお馴染み、伊福部昭の「日本狂詩曲」である。 題名からして、いかにも日本の民族音楽、という印象で、1楽章の夜想曲、2楽章の祭り、約15分の管弦楽曲。 1935年、チェレプニン賞を受賞した伊福部氏のデビュー作であり、西洋音楽の形式で表現された強烈な日本らしさが、世界的に認められた曲である。 哀愁漂う旋律が静かに繰り返され […]