ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー、パリのアメリカ人/グローフェ:組曲「グランド・キャニオン」

ガーシュウィン ラプソディ・イン・ブルー


ポピュラーとクラシックの融合した言わずと知れた名曲で、僕も大好きな曲だ。
だがそれは僕が単にクラシックとジャズが好きだから、という訳ではない。


ポール・ホワイトマンのオファーに応じてガーシュウィンが作曲、最も有名な管弦楽とピアノのための版は、アメリカを代表する「偉大なる観光作曲家」ファーディ・グローフェのオーケストレーションによる。
このスケールの大きさはグローフェのおかげである(ちなみに僕はグローフェを愛してるので、ここでひいきして褒めちぎっているのだ)。
グローフェが好きだからこの曲が好き、なんてことは言わない。「のだめカンタービレ」が好きだからでもない。
何より、ラプソディ・イン・ブルーという曲は、「とことん”ラプソディ”であり”ブルー”だから」僕はこの曲が大好きなのだ。


クラシック音楽なのにポピュラーらしい楽しげな曲、というイメージが強いかも知れないが、よーく聴くと、ものすごく憂鬱な曲に聞こえませんか?
この曲のブルー・ノートが象徴してるのは「ため息の出る思い」で、その思いこそラプソディーである。
格好良いクラリネットソロ、確かに格好良いのだが、どこか滑稽に聞こえる。
それはミュートトランペットで一層何か「諦め」のようなものになる。
ピアノは激しく当たり散らすこともあれば、嘆美に物思いに耽ることもある。
ジャズがはき出すブルーは、煙草の煙のように男をあげることがある。
だがクラシックが盛大にはき出したジャジーな”ブルー”は、その憂鬱さだけを爆発させる。
弦楽が歌うブルーは、憂鬱の美しさに酔う、疲弊しきった心のようだ。
もちろんクラシックとジャズの融和だけにも、十分意味はあるだろう。
だがこの曲が人を惹きつけてやまないのは、僕らの誰もが心に持っている「憂いの美」を、狂わしい程仰々しく奏でてくれるからだ。

ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー、パリのアメリカ人/グローフェ:組曲「グランド・キャニオン」 ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー、パリのアメリカ人/グローフェ:組曲「グランド・キャニオン」
バーンスタイン(レナード),ガーシュウィン,グローフェ,コロンビア交響楽団,ニューヨーク・フィルハーモニック

ソニーレコード
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