ベートーヴェン:交響曲第3番

ベートーヴェン 交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」


ベートーヴェンは第九で合唱・独唱を組み込んだ大規模な交響曲を構想し、交響曲の革新を試みているが、彼のあらゆる交響曲は音楽の革新の歴史を作りだしたと言っても過言ではない。
俗に「ベートーヴェンの交響曲は奇数番号が名作」などと言われるが、こと革新性においては奇数番号の作品に一目おくべきだろう。
大雑把に言えば、第1番はモーツァルトやハイドンといった古典様式の交響曲からの脱却、この第3番はソナタ形式の拡大と「葬送行進曲」、第5番で劇的展開と新しい楽器の使用……今やベートーヴェンは古典の代表になっているが、彼は様々な側面から、常に音楽に革命を起こし続けていたことを忘れてはならない。
こういったベートーヴェンの全般的な話は、個々の曲を取り上げるこのブログでは少ししにくいのだが、彼の音楽の「革新性」を話すには、フランス革命で活躍したナポレオンを讃えて作曲されたという逸話が有名な、この「エロイカ」は相応しいと思ったのだ。
ナポレオンの皇帝即位を耳にしてナポレオンへ献呈するのをやめ、「ある英雄の思い出のために」と献辞を付したという逸話は有名だが、やはり1楽章のヒロイックな主題はナポレオンのような颯爽たる革命児を想像させる。
ということで、主に1楽章と2楽章に着目してこの曲について語ってみようと思う。


前述したヒロイックな主題を含む1楽章。拡大したソナタ形式でありつつも、きちんとバランスを保っているという点が、ベートーヴェンの素晴らしいところだ。
通常の2倍(2部分)ある提示部、展開部、やや長い再現部、そしてコーダ。展開部を挟んで前後は、「拡大された提示部」と「長めの再現部&コーダ」で均衡を保っている。
曲の冒頭と結尾にも注意したい。第1、第2交響曲にあった序奏はなくなっている。
コーダでは、例のヒロイックな主題で、トランペットが最高音を吹くことなく、オクターブ下に落ちている。これをどう見るかは演奏側の解釈によるのだが、「ナポレオンの死」と見る解釈にはドラマチックで魅せられてしまう。
大権威のワインガルトナーは英雄らしく高音を吹くのが良いと言っているが、やはり落馬による戦死、そして葬送行進曲へ、という流れの劇的美しさは名状しがたい。
ベートーヴェン自身も、2楽章の葬送行進曲について、失脚したナポレオンの死のニュースを聞いたとき「私は音楽でナポレオンの死を予言していた」と語ったらしい。
この重苦しい旋律にまして耳を捉えるのは、コントラバスの奏でる重たい足取りだろう。チェロと分離したコントラバスの動きが、第3番のこの楽章では特に際立っている。
また、美しくもありまた輝かしくもある中間部は、まさに英雄の思い出というにふさわしい、僕の最も好きな部分であり、第3番の白眉だと思う。ここを忘れてはならない。
さて、革命児なんて副題で記事を書いたが、音楽の歴史で言えば現代の音楽家たちの方がよほど革命的なことをしているようにも見えなくはない。
では果たして、そういった現代の革命児たちは英雄と呼ぶにふさわしいだろうか?
やはりベートーヴェンのこの作品こそ、シンフォニア・エロイカなのだ。

ベートーヴェン:交響曲第3番 ベートーヴェン:交響曲第3番
カラヤン(ヘルベルト・フォン),ベートーヴェン,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

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