クラシック音楽の楽曲に関する話題を中心に、芸術について考えたこと、哲学・文学・美学などのちょっとアカデミックな話、聴きに行った演奏会や観に行った展覧会、うちの猫ちゃんのことやクラシックCD聴き比べ、その他日常の諸々を含め、適当な文章を書き綴っていきます。「ボクノオンガク」というブログ名は、よくあるパソコンの音楽フォルダ名“My Music”の和訳と、小澤征爾さんの本『ボクの音楽武者修行』から。

Monthly archive 11月, 2011
吉松隆 朱鷺によせる哀歌:泣ける現代音楽

吉松隆 朱鷺によせる哀歌:泣ける現代音楽

吉松隆 朱鷺によせる哀歌 作品12 現代音楽というと難解でつまらないものも多いのは事実。 吉松隆のこの作品も、わからないまま聴いていると初めはいわゆる普通の「現代音楽」という感じかもしれない。しかし、僕は初めてこれを聴いたとき、途中で思わず鳥肌が立った。そして最後には涙が出た。 美しい。吉松が描いているのは、滅び行く朱鷺の美しさ、そして滅び行く調性音楽の美しさだ。 これは1971年に能登で捕獲され […]
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」:疾風怒濤の霊魂

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」:疾風怒濤の霊魂

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第17番 ニ短調 作品31-2「テンペスト」 ベートーヴェンを弾くのには並大抵ならぬ精神力が必要ということを、僕はこの曲で体感して、それ以降ベートーヴェンを弾くのは疲れるから敬遠している。 なんだか情けないような話だが、あまり軽い気持ちでベートーヴェンに当たるのは申し訳ないように思うようになった。他の作曲家の曲でもそうかもしれないが、ベートーヴェンは他の作曲家と比べて […]
ドヴォルザーク 弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」:ノスタルジーを考える

ドヴォルザーク 弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」:ノスタルジーを考える

ドヴォルザーク 弦楽四重奏曲第12番 ヘ長調 作品96「アメリカ」 ドヴォルザークについて記事を書くのも久しぶりだが、最近別の所で「僕は西洋音楽の中に日本の、日本人の心のふるさとのようなものを見出すということに興味を持っている」といった内容の文章を書いたので、ここでその一例とも言える作品を紹介しよう。 まあ、そういった内容については、実はこのブログでは何度か取り上げている。ヴォーン=ウィリアムズの […]
タイユフェール ピアノ三重奏曲:彼女に体を預けられるか?

タイユフェール ピアノ三重奏曲:彼女に体を預けられるか?

タイユフェール ピアノ三重奏曲 タイユフェール、先日更新したオネゲルと同じくフランス6人組のひとりで、名前を聞いたことがある人は多いかもしれないが、曲を聴いたことがある人は相当のクラシック・ファンでもかなり少ないのではないだろうか。 ほとんど演奏されることはない作曲家だが、縁あって音源を紹介してもらい、彼女の(タイユフェールはフランス6人組の紅一点です!)音楽に触れる機会があった。 なるほど女性ら […]
ロッシーニ 歌劇「絹のはしご」序曲:引きぬく価値ある序曲

ロッシーニ 歌劇「絹のはしご」序曲:引きぬく価値ある序曲

ロッシーニ 歌劇「絹のはしご」序曲 ブログで記事を書くにあたって、僕はロッシーニの数ある歌劇の中で、まず「泥棒かささぎ」を選んだ。次に選ぶのはこの「絹のはしご」である。 なぜ「泥棒かささぎ」を書いたかはそちらの記事を見ていただきたいのだが、ウィリアム・テルとセビリアの理髪師については、ちょっと語りがたいというのもある。 両方とも、知名度、名曲としての風格、申し分ないのだが、特に思い入れがないため、 […]
ヴィエニャフスキ 華麗なるポロネーズ第1番:作曲家の顕現

ヴィエニャフスキ 華麗なるポロネーズ第1番:作曲家の顕現

ヴィエニャフスキ 華麗なるポロネーズ第1番 ニ長調 作品4 このブログでは初登場となるヴィエニャフスキについて、少し解説をしておこう。 ヴァイオリンをやっている人には有名な作曲家であるが、僕はあいにくピアノからクラシック音楽に興味を持っていったので、彼を知ったのはかなり後の方になってからだ。 そういう作曲家は存外多い気がする。早く出会えていたら良かったなあと思うこともままある。やはり良い曲との出会 […]
オネゲル パシフィック231:音鉄垂涎

オネゲル パシフィック231:音鉄垂涎

オネゲル パシフィック231 オネゲルという作曲家がいる。Honeggerという綴りでオネゲルと読むのだから、フランス語はわからない。 いわゆる「フランス6人組」のひとりである。オネゲルは幸運にも、ミヨー、プーランクに並んで、“日の目を見る”方の3人であり、“日の目を見ない”方の3人である、タイユフェール、デュレ、オーリックについでも、順次取り上げていきたいという気概は十分にある。 それでもこうし […]