サイレント・ヌーン/イギリス歌曲集


サマヴェル シュロップシャーの若者


アーサー・サマヴェル(サマーヴェル)はイギリスの作曲家で、特に歌曲で後代に大きな影響を与えた人物だ。ロイヤル・ワラントを得たKシューズという裕福な靴製造会社の息子として生まれ、音楽学校に通ってからはスタンフォードやキール、パリーと言った、英国クラシック音楽の先駆者たちに学んだ。
後に彼は作曲活動よりも音楽教育の方に興味が傾き、教育委員会などでも重役に就いた程である。そんな彼の音楽教育を受けられない現代の学徒は残念であろうが、彼の残した作品からは今でも多くの音楽家が薫陶を受けることができるだろう。
サマヴェルはシェイクスピアやブラウニングら有名所の詩人の詩に歌を付けているが、今回紹介する『シュロップシャーの若者』は、19世紀英国の詩人ハウスマンによるもの。全63篇の詩集で、サマヴェルだけでなく、バターワースやヴォーン=ウィリアムズなど、多くの英国作曲家の創作意欲を刺激した。
63篇のうち、“Bredon Hill”や“When I was one-and-twenty”などが有名で、特に前者「ブリードンの丘」(Bredon Hill, “In summertime on Bredon”とも)は、一篇の中にドラマチックな展開と美しい情景描写があって、各作曲家も腕を振るって歌を書いている。バターワースのものが最もポピュラーであり、また僕自身はこのブログで何度か語っているようにヴォーン=ウィリアムズをこよなく愛しているのだけれども、ここは敢えてサマヴェルを推したい。
サマヴェルは10曲の歌曲集として仕上げている。第1曲「何より愛らしい木、桜は今」(Loveliest Of Trees)、第2曲「私が20と1だったころ」(When I Was One-And-Twenty)、第3曲「憂い知らずの人々が通る」(There Pass The Careless People)、第4曲「ブリードンの丘」(In Summertime On Bredon)、第5曲「兵隊の足音が通りを鳴らす」(The Street Sounds To The Soldiers’ Tread)、第6曲「夏のけだるい丘の上」(On The Idle Hill Of Summer)、第7曲「白く長い道は月に伸びる」(White In The Moon The Long Road Lies)、第8曲「もう考えるな、若者よ―笑え、陽気になれ」(Think No More)、第9曲「私の心に、身をさいなむ風が」(Into My Heart An Air That Kills)、第10曲「何百人もの若者たちが」(The Lads In Their Hundreds)。歌詞はこちらから。


すべて聴くのがちょっと面倒という人も、「ブリードンの丘」だけでも聴いてみて欲しい。日曜の朝の爽やかで澄んだ空気、鳴り響く教会の鐘の音、こうした風景を伴奏のピアノが表現する。
恋人とともに過ごした夏の時間の楽しさ、いつか結婚式を挙げに共に教会へ行くはずだった恋人、その恋人を亡くした悲しい冬、そしてまた新しい夏が来て、ブリードンの丘で教会の鐘の音を聴きながら、巡る季節に亡き恋人を思う、という内容の詩であり、歌手も聴衆も、主人公の男(バリトン)に感情移入することが望まれる。
この「感情移入」や「共感」、英語で言えば“empathy”という点に着目すると、僕は他の英国作曲家の付けた音楽を差し置いて、サマヴェルの音楽が最もストレートに感情移入できると思うのだ。
無論、それにはハウスマンの詩の素晴らしさがあってこそなのだが、例えばバターワースやヴォーン=ウィリアムズが「ブリードンの丘」に付けた音楽と比べてみたらどうだろう。バターワースは色彩豊かな音色が魅力的だし、ヴォーン=ウィリアムズは和声をはじめ色々な点で一段と凝った作りをしている。
サマヴェルはというと、これは『シュロップシャーの若者』の他の楽曲にも言えることだが、素朴な民謡風な音楽で、情景以上に、登場人物の感情こそが上手く表現されており、伝わりやすい。ピールという作曲家も素朴な雰囲気で曲を付けているが、ストーリーテリングの面白さはサマヴェルの方が上回っていて、聴いていて楽しい。
芸術にも色々な形があり、バターワースもヴォーン=ウィリアムズもそれぞれ卓越した音楽だと思う。
サマヴェルの音楽は、ここでは心理学者カール・ロジャーズの共感的理解(empathic understanding)というタームを借りて言えば、正しく共感的芸術(empathic art)と言えるだろう。サマヴェルの作った音楽は、失恋した男に感情移入し、その登場人物の内側から心境を感じることを助ける環境を作り出しているのだ。そして、必要以上に自らを失わない、同情(sympathy)しすぎることがないだけの、軽さや爽やかさ、客観的に音楽を楽しめるエンターテイメントとしての音楽性も失っていない。
やはり歌の魅力は共感にあると言ってもいい。まったく意味の分からない、独特の世界観が売りの歌手も世の中には多いし、そういう歌手のカリスマ性に惹かれる人が多いのもわかる。そういう「深さ」と思しきものも芸術だろう。しかし、今の若者を虜にする西野カナなどのJポップや、シューマンが当時批判した流行歌などにも、「共感」という要素を見出すことは可能だ。流行歌が芸術かどうかはともかく、芸術における「共感」という魅力を、特に歌曲では大事にしたいと僕は思う。

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