ドヴォルザーク ピアノ三重奏曲第4番「ドゥムキー」:喜びと悲しみのアンティフォナ

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ドヴォルザーク:ピアノ三重奏曲第3番・第4番<ドゥムキー>


ドヴォルザーク ピアノ三重奏曲第4番 ホ短調 作品90「ドゥムキー」


美しい旋律が次々と繰り広げられ、メロディーメーカーとしてのドヴォルザークの楽才を最も効率良く享受することができる作品が、このピアノ三重奏曲第4番「ドゥムキー」である。
ドヴォルザークの盟友ブラームスも羨ましがった、旋律を生み出すその天性の才が、彼の充実した室内楽作品群では遺憾なく発揮されている。特に人気の高い「ドゥムキー」は、入れ替わり立ち代り現れる旋律がすべて美しい。ドヴォルザークの室内楽作品に触れるなら、この曲はまず何よりもオススメしたい曲だ。
この曲が作曲されたのは1891年。その前年には、ドヴォルザークはチェコ科学芸術アカデミーの会員に推挙され、翌91年にはプラハ大学名誉博士号に加え、ケンブリッジ大学からも名誉博士号を授与されている。さらにプラハ音楽院の教授職にも就き、ドゥムキーが作曲された頃というのは、ドヴォルザークが祖国チェコから大いに名誉を与えられた頃なのである。当時50才であった。
気になる「ドゥムキー」という単語についてだが、これにも様々な解釈がある。ウクライナの吟遊詩人が歌う叙事詩のことを「ドゥーマ」(duma)ないし「ドゥムカ」(dumka)といい、バラッド的な民謡のことを指すとする説がひとつ。また、スラブ系の言語でドゥーマ(duma)、つまり「思い」とか「思考」、「瞑想」などを意味する言葉の指小辞であるドゥムカ(dumka)の複数形であり、ドゥムキー(dumky)は様々な思想や思いを表現しているものであるという説がひとつ。
ドヴォルザークがどのような意図でこの言葉を用いたか断定はできないが、ドヴォルザークがウクライナの民謡については詳しくなかったという彼の友人たちからの証言などもあり、後者の方がより正解に近いのだろう。
ドヴォルザークにはピアノ曲でも「ドゥムカ」という曲があり、それをチェコ語の「思い」や「瞑想」として取るならば、様々に楽想を変えて旋律が現れるこのトリオはまさしく複数の「思い」の音楽だろう。
この曲も、ドヴォルザークと親交の深かったチェロ奏者、ハヌシュ・ヴィハーンからのインスピレーションを受けて作られている。ヴィハーンはドヴォルザークがかの有名なチェロ協奏曲を献呈した相手で、19世紀ボヘミアの最高のチェリストと言われるほどのチェリストだ。「ドゥムキー」のこの上なく素晴らしいチェロ・パートは彼あってのものだ。初演は、当時共にボヘミア・モラヴィアに演奏旅行に行っていたヴァイオリンのフェルディナント・ラハナーと、チェロのヴィハーン、そしてドヴォルザーク自身のピアノで行われた。


6楽章構成になっているが、1~3楽章はほとんど間隔なく続けて演奏されるので、実質伝統的な4楽章構成である。移り変わるメロディーの連続で、楽章ごとの変わり目を意識することもないかもしれないが、単なる組曲とは違って構造的な意識も持ち合わせている点も、ドヴォルザークの音楽性を理解する上で重要なことだ。
ロマンティックで情熱的なチェロとピアノから始まる。このチェロが、最初にして最大の聴きどころだろう。かの名手を意識した、かの名手も弾いた旋律。チェロ協奏曲の第一主題を弾く独奏チェロのごとく、フォルテシモで奏でられるドヴォルザークの「思い」を感じたい。
2楽章は、ちょうどチェロのためのカデンツァが入るようなポコ・アダージョの楽想と、東欧音楽らしい小気味良いリズムのヴィヴァーチェの楽想。そして3楽章では、まるでワーグナーのローエングリンを彷彿とさせるような、静的な美とハーモニー。ドヴォルザークの生み出す旋律は魅力に事欠かない。
4楽章は、感傷的で、ロシア風の趣きもある、悲しく歌われるチェロの旋律が美しい。この旋律は1楽章の最初に現れた第1主題、つまり第1ドゥムカとの関連も見られる。ドヴォルザークはこうして伝統的な楽章構成を意識させるのだ。さらにこの楽章は、その圧倒的な旋律美に加え、音楽のムードの移り変わりが生み出す、楽章全体のバランスの美しさ、構造美も素晴らしい。
5楽章冒頭の、わずかだが喜びがあふれ出るような音楽には、思わずこちらも笑みが溢れる。それが長くは続かないのが、ドゥムキーの特徴だ。6楽章では、冒頭のような、メランコリックでロマンティックなムードに立ち返り、クライマックスでは勝ち誇ったようなヴィヴァーチェ。終楽章は幾分民謡風な旋律が全体を占めている。


ややもすれば、耳に優しい旋律の詰め合わせと捉えられてもおかしくない作品だが、この曲が名曲である理由は、旋律美の影に潜む構造美の他に、もう一つ大きな点を挙げたい。それは、この曲が、人生の酸いも甘いも、喜びも悲しみも、何もかもをストレートに表現することに成功しているという点だ。
音楽は人生そのものを表現しうるということを、僕はチャイコフスキーの交響曲やショパンのバラードなどから学んだが、このドゥムキーもまた、そういう類の音楽として僕は解釈している。
ドヴォルザーク自身は、1890年に友人に宛てた手紙に「その作品は幸福でありまた不幸であるものになるだろう! ある部分は瞑想的な歌のような、またある部分は喜びに満ちた舞曲のような」と書き綴っているし、ジョン・トッドハンター(John Todhunter, 1839 – 1916)というアイルランドの詩人は、“Sounds and Sweet Airs”という1904年の著作の中で、ドヴォルザークのドゥムキーについて詩を書いており、中でも特に“Old joys and sorrows living on In memories of the peasant’s heart”というフレーズが印象深い。
喜びと悲しみが、素朴に奏でられる音楽。こういう人生も、ちょっと憧れるものだ。

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