パーセル 3声のソナタ集:イギリス音楽の深化

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Sonatas


パーセル 3声のソナタ集 Z.790~801


イギリスのクラシック音楽好きを自称しておいて、イギリス音楽の父ヘンリー・パーセルに触れない訳にはいかない。そう思いつつも、1年半以上パーセルの記事は書いていない。なかなかパーセルについて書こうという気が起こらなかったのは理由がある。
そもそも僕が好きなイギリス音楽の特徴は、まるで日本の民謡かと思うくらいに日本人の琴線に触れるイギリス民謡の素朴で親しみある調べ、それでいて高貴で上品な、つまり他の西洋音楽にはないノーブルさがある、という点である。
もっとはっきり言えば、エルガー以降の英国クラシック音楽が好き、ということなのだ。エルガーは、パーセル以降の空白の英国音楽史を埋めた大きな存在なのだ。
では、英国音楽史の始まりとも言えるパーセルはどんな人物なのか。17世紀後半にイギリスで活躍した作曲家で、時代的にはバッハより少し前くらいに当たる。
つまり、英国ロマン派ではないので、僕の好みのタイプど真ん中な英国音楽の雰囲気ではないが、それでもパーセルには惹きつけられる所が多々ある。
その魅力の一つとしてここで語りたいのは、パーセルの残した数多くの作品の中でも、とりわけ「ソナタ集」で顕著な特徴である、「イタリア音楽とイギリス音楽の出会い」だ。
そして同時に、僕の愛してやまない「弦楽四重奏」という音楽形式の歴史においても、パーセルのソナタは非常に重要な位置を占めている。
この曲は、2つのヴァイオリンと低音(オルガンまたはチェンバロと、チェロまたはヴィオラ・ダ・ガンバ)という楽器の指定がされており、さらにはパーセルは、初めは通奏低音なしで出版しようとさえしていたらしい。これは当時の音楽様式からしてみればえらいこっちゃな話である。
そもそも17世紀イギリスでは、ヴァイオリンを含むアンサンブルではなく、ヴィオール四重奏が室内楽の覇権を握っていた。知識人や貴族階級の聴衆を相手にした演奏会ではヴィオール四重奏が主であり、当時の大物作曲家たちがこぞって作曲したのがこの形式である。
そんな中で、イギリス音楽界の大人物であるパーセルが、2つのヴァイオリンを含む室内楽作品を作るというのは、音楽史における大きなターニングポイントなのだ。
そのきっかけこそが、イタリア音楽との出会いなのである。


マーティン・アダムスによるパーセルの研究書『ヘンリー・パーセル:彼の楽式の起源と発展』によれば、パーセルはこの作品の序文に「最も著名なイタリアの楽匠たちを正確に模倣した」と記している。さらに、かつての作品には見られなかったイタリアの速度記号(AllegroやVivaceなど)を用いて、その解説も付けているのだ。それまでは英語で表記していた。
イタリアの音楽がこれほどまでに影響力のあるものだったということを看過してはいけない。職人たちが何代にも渡ってヴァイオリンという楽器の改良に取り組み、その優れた音の魅力に磨きをかけてきた結果である。
こうした楽器に関する変化だけでなく、イタリア風の甘美な旋律・歌うような旋律による影響も、パーセルのこのソナタから見出すことができる。
たとえば、ヴィオール合奏のためのファンタジアZ.732~744などと比較してみると良い。ひたすらに厳格で謹厳実直なポリフォニーが特徴のファンタジアと比べて、随分明るい旋律が散見されるだろう。
全部で12曲あるソナタだが、全体的には、特に緩徐楽章でイタリア風の旋律が活かされているように感じる。シンプルな低音パートが支える、ときに情熱的なヴァイオリン。これはコレッリからの影響と思われる。
しかしもちろん、単にイタリアに感化されただけの作品なら、取り立ててここで紹介するほどのことはない。このパーセルのソナタ集では、こうしたイタリア的な音楽性が、パーセル自身が完成させたイギリス室内楽の伝統芸に上手くアクセントとして働いて、上品でありながらも、音楽をよりいっそう生命力のあるものにしているのだ。イタリア音楽を「正確に模倣した」と言いつつも、我を忘れて情熱の赴くまま歌うような真似はしない。そこがパーセルの音楽の素晴らしいところだ。
たくさんの「模倣的」旋律を散りばめつつも、隈なく対位法が用いられている。せわしなく動く諸旋律による、学問的な対位法の使用は、イタリア音楽ではなく、明らかにイギリス音楽への志向である。
また、そういう音楽をイギリスの聴衆は好んでいた。イタリア音楽との邂逅がパーセルにもたらした音楽の革新は、「イギリス音楽」の領域を押し広げ、さらに深みのあるものへと進化させたのだ。
1683年の作品。チャールズ2世に献呈された。バッハが生まれる2年前のことだ。

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