Survivor from Warsaw/Bruckner a.: Symphony No.7


シェーンベルク 語り手、男声合唱、オーケストラのための「ワルシャワの生き残り」作品46


この「ワルシャワの生き残り」という作品は、何としても後世に伝え残したい音楽である。
語り手、男声合唱、オーケストラのための作品という、かなり珍しい構成であるが、この構成は必然的であり、違和感はない。何気なく聴いていると、BGM付きのラジオドラマの様な感覚になるが、実は語り手のパートもスコアには音符で表記され、音程こそないが、どのタイミングで文章のどの部分が語られるか決まっている。
この曲の主題は「ナチスによるユダヤ人迫害」であり、ワルシャワ・ゲットーで生き残った男の体験談がストーリーになっている。テキストはシェーンベルク自身によるもので、地の文は英語、ドイツ兵の台詞がドイツ語、最後の合唱であるユダヤ教の祈祷文「シェマ・イスロエル」(聞け、イスラエル)がヘブライ語となっている。歌詞はこちら(原詩と拙訳)。
シェーンベルク自身もユダヤ系で、ナチス・ドイツを逃れてアメリカに亡命している。その頃、ロシアからの亡命者であるユダヤ系のダンサー、コリーヌ・コーエンから、ホロコーストをテーマにした作品を提案される。コーエンとの共作は叶わなかったものの、シェーンベルクはそのアイデアを活かしてこの曲を作ったのだ。1947年の8月11日から23日にかけて作曲されたという。
クーセヴィツキー財団による委嘱で、クーセヴィツキー指揮ボストン響によって初演される予定だったが、この作品のことを聞きつけたカート・フレデリックというアルバカーキ市民交響楽団の指揮者が、ぜひニューメキシコ州でこれを初演したいとシェーンベルクに頼み込み、作曲者もクーセヴィツキーも許可したため、彼らによって1948年の11月に初演された。
この曲で用いられている12音技法は、ホロコーストの状況や、当時の様子・雰囲気、人々の精神状態を表現することにかけては最適ではないだろうか。
また、旋律の無いナレーションも、人間の暗い部分や極限状態をうまく表現する手段として、旋律のある歌以上に適しているだろう。
こうした戦時中のおどろおどろしい様子を表現した音楽だが、なんとシェーンベルクは7, 8分の長さの作品に仕上げているというところも、注目すべき点である。
つまりこの「ワルシャワの生き残り」は、ひとつのリアルな情景の描写を芸術的に突き詰めたものであり、反戦のプロパガンダ音楽や、大層な鎮魂歌ではないのだ。


この音楽が表すものは、例えば語り手が語る、ナチスによるユダヤ人へのひどい仕打ちであったり、迫害されたユダヤ人の苦痛であったり、そういった現実的な、記録的要素のあるものでもある。
軍隊のラッパ、殴る音、喘ぎ呻く音などが、語り手の語るストーリーに合わせて直接表現されている。
そして何と言っても、この曲の白眉は「シェマ・イスロエル」の大合唱である。ガス室へ送り込まれるユダヤ人たちが、点呼を取っている最中に、突如このユダヤの祈祷文を歌い出すシーンだ。
極限状況に陥った人間が、まさに神がかり的な挙動を取り始める様子は、初めてこの曲を聴いたときに最も衝撃的だった部分である。この合唱も、12音技法が遺憾なく発揮されており、聞きなれない不思議な旋律は、それこそ人間離れした合唱を作り出している。
こんなにも、聴いていて一切良い気分にならない音楽ではあるが、こんなにも、「これは後世に残さなければならない」と感じさせる音楽も、そうないだろう。
初演の際には、終演後に拍手が起こらなかったらしい。聴衆も、何がなんだかわからない、と言ったところで、もう一度演奏してようやく拍手が起こったとのことだ。それだけ、この音楽を聴いた後の感覚は尋常ではない。
記録では、「ワルシャワの生き残り」の演奏後、間髪入れずベートーヴェンの第九に移るという演奏会もあったようである。また、2010年のラトル指揮ベルリン・フィルの演奏では、この曲に続いてマーラーの第2交響曲「復活」に移った。
そうでもしなければ浮かばれない、そんな音楽なのだ。この音楽にあるのは、ある悲惨な体験談であり、それ以上でもそれ以下でもない。
だから人は、この音楽を聴いた後に、何かを思うことになる。歓喜の祈りや復活の祈りを求めることもあれば、戦争や歴史、社会、人間というものを考えることもあるだろう。
僕も幼い頃、広島の原爆資料館に行って、ただただひたすら恐ろしい状況を見て、聞いて、その後は幼いながらにも、戦争について考えをめぐらしたものだ。
こうしたものは、伝え残さなければならない。絶対に語り継がなければならないものなのだ。そして、人に何かを考えさせ、考えさせ続けていかなければならないのだ。


「ワルシャワの生き残り」は戦争がテーマなので、こういう「語り継ぐこと」について僕も語りやすいのだが、優れた芸術において、テーマは何も戦争に限ったことではない。ポジティブなこともネガティブなことも、文化や歴史、思想や芸術も、語り継がなければ消えてしまうのだ。もう作ることは不可能なのに! クラシックを愛好している僕のような人間にとって、それを「淘汰」と切り捨てるのはあまりに酷で、人間が無教養な再生産を繰り返していくようにしか見えない。
21世紀に生きる僕たちはもう少し、“コンセルヴァトワール”ということを意識した方が良い。保存し、残し、語り伝えていくことを、あらゆる意味で大切にしたい。

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