ヴォーン=ウィリアムズ イギリス民謡組曲:模範的な古典

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ホルスト:吹奏楽のための組曲第1番&第2番 他


ヴォーン=ウィリアムズ イギリス民謡組曲


かの名指揮者フレデリック・フェネルは言った。「現在アメリカで出版され、演奏されている吹奏楽の少なくとも90%は、1900年代初頭のイギリス軍楽隊のレパートリーを模範としている」と。
このレパートリーとは当然のことながら、ホルストの「吹奏楽のための第1組曲」(1909年)と「第2組曲」(1911年)、ゴードン・ジェイコブの「ウィリアム・バード組曲」(1924年)、そしてヴォーン=ウィリアムズの「イギリス民謡組曲」(1923年)と「トッカータ・マルツィアーレ」(1924年)のことである。ゴードン・ジェイコブはヴォーン=ウィリアムズの弟子でありまた親友でもある作曲家で、ここでは一旦置いておくことにするが、当時のイギリス音楽界をリードする2人の大作曲家ホルストとヴォーン=ウィリアムズが、たまたま興味を抱いて開拓したこの吹奏楽という分野は、この後50年、60年近く、実質的には空白の時代を迎える。英国クラシック音楽界では、エルガーの交響曲、ウォルトンの協奏曲、ブリテンやティペットのオペラなど、イギリスが世界の音楽シーンに再び堂々たる登場を果たすというのに、この分野だけは、1920年代から数十年、ぽつりぽつりと作品が現れるばかりで、軍楽隊はまたコンサートから、式典音楽や娯楽音楽の方へと戻ってしまうのである。
弦楽四重奏の世界で喩えるならば、ハイドンやモーツァルトが開拓し、ベートーヴェンで花開いたこの分野が、ショスタコーヴィチの登場まで劇的な歴史的な動きを見せなかったようなものだ。先に挙げたホルストとヴォーン=ウィリアムズの吹奏楽曲は、吹奏楽の世界ではまさにモーツァルトやベートーヴェンのような位置づけであり、「価値ある古典」に他ならない。
ヴォーン=ウィリアムズは、親友のホルストやバターワースらと共に、イギリスの民謡を収集して回っていた。彼の作品は、バルトークが民謡から興味深い仕方で成分抽出をしたように、民謡の主題を独特の方法で処理しているものが多いし、その処理の仕方がまた僕がヴォーン=ウィリアムズの音楽に引きつけられる理由でもあるのだが、今回取り上げる「イギリス民謡組曲」のように、ほとんどそのままの形で民謡の主題を用いる音楽もある。それはそれで、美しい旋律の魅力にあふれているし、さらには、単なるアレンジやメドレーを越えた、ヴォーン=ウィリアムズの作曲家としての懐の深さも「ちょっとだけ」見ることができる。


第1曲:行進曲「日曜日には十七歳」、第2曲:間奏曲「私の素敵な人」、第3曲:行進曲「サマセットの民謡」の3曲構成で演奏時間は11分ほど。初演時には4曲で構成されていたが、後に行進曲「海の歌」として独立した作品となる。
最近は割と初版の4曲で演奏するものも見かけるが、僕は3曲構成の方が好きだ。確かに、あまりに定番過ぎて食傷気味の吹奏楽団にとっては、たまには4曲のバージョンでやってみたくなるのかもしれないし、実際その「海の歌」も非常に良い曲なので、気持ちはわかるのだが、僕はそれ以上に、この3曲構成のバランスの良さに惹かれる。第1曲でヘ短調アレグロの行進曲→第2曲でヘ短調アンダンティーノの間奏曲、最後の和音がヘ長調→第3曲で変ロ長調アレグロの行進曲。短い3曲だが、急-緩-急のクラシックらしい構成と、和声のカデンツ的な解決感が実に美しい。これは3曲からなる組曲として非の打ち所の無いプロポーションと言えるだろう。
第1曲の民謡の旋律を裏で支える伴奏のリズム、これひとつを取っても、ヴォーン=ウィリアムズの職人技がわかるというものだ。第一主題の中だけで、力強い勇壮なマーチの雰囲気、伸びやかに歌う旋律を引き立てつつ行進曲としての性質を失わせない軽やかな裏打ち、移り変わる管楽器群のアンサンブルを魅せるユニゾンのリズム、そしてまた行進曲として落ち着く典型的な伴奏へと、非常に中身の濃いものになっている。そして、それが更に展開するのだから、いやはや恐れいった。曲の最後はヘ長調の和音。ピカルディ終止で、曲に華やかさを添える。
第2曲でメロディーを奏でる、オーボエとコルネットという絶妙の組み合わせにも注目したい。間奏曲は民謡そのものの美しさ、素朴さ、抒情感や哀愁をただただひたすら感じることができる。何より、最初にしっかりとヘ短調の和音を提示し、中間部ではヘ長調を用いて、ヘ短調に戻ってから最後にヘ長調の和音を示すところに、ヴォーン=ウィリアムズのこだわりを感じずにはいられない。
第3曲は変ロ長調だが、始まりの音は単音のヘ音(F)。さすがである。トリオは転調してハ短調。これも下属調平行調。さすがである。また、この曲の最後が素晴らしい。ゴテゴテした重いクライマックスなどではなく、最初の部分の繰り返しをして終わるだけ。非常に歯切れのよい終わり方だ。ここも、曲の終わりを意識しすぎて、重苦しくritをかける演奏もあるようだが、やはり僕はさらっと終わった方が好きだ。今まで保ってきた美しいバランスを、最後まで保ったままの幕切れがこの曲には相応しい。
吹奏楽には興味が無いけど、オーケストラは大好きという方には、最初に名前を挙げたゴードン・ジェイコブによる管弦楽版をオススメしたい。こちらもまた絶品。

吹奏楽のための組曲第1・2番 他/ フェネル 吹奏楽のための組曲第1・2番 他/ フェネル
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