チャイコフスキー:組曲全集


チャイコフスキー 組曲第3番 ト長調 作品55


「これ程の勝利は味わったことがない。私の目には、満席の会場にいる全ての人が感動し、感謝している様が飛び込んできた。私の芸術家人生の中で、最も美しい瞬間だった。この瞬間のためだけでも、生きる価値、働く価値があるというものだ……」
チャイコフスキーは、1885年のサンクトペテルブルクでの組曲第3番の初演の後で、パトロンのナジェンダ・フォン・メック夫人に宛てた手紙に上のように綴った。チャイコフスキーの作品の中では、それほど有名な曲ではないが、作曲者自身がこんな風に思うほど、本当に美しい曲だ。 相当気に入っていたようで、1889年から1893年までの間になんと9回もチャイコフスキーはこの曲を指揮している。
それでも彼は、メック夫人への手紙に、その高揚ぶりとは裏腹に、こんな心境も吐露している。「……しかし疲労もまた絶大だ。ついでに言えばその日は体調も悪かった。それでも私は美しい余韻を味わったのだーー成功が増えれば、それだけ苦しみが喜びよりも大きくなるというのに……」
アップダウンが激しく、喜びつつも弱気な発言をするのには、ちょうどチャイコフスキーが人生の大変な時期にあったことが挙げられる。1877年(あまり日本語では言わないが、この年のことをドイツ語ではKrisenjahr、危機の年と言うらしい)、チャイコフスキーは色々と肌が合わなかった結婚相手から逃亡しようと試み、各地を放浪して、ついにはあやうくモスクワ川で入水自殺をはかろうとするなど、なかなか波乱万丈な年だった。
様々に葛藤しながら西へ東へ逃げ回り、色んな都市に行ったり来たり、疑心と確信の間を彷徨い、苛立っていた時期だ。そんなときのいつも決まった隠れ家は彼の妹の家。1884年の春、ウクライナのカメンカにある妹の家で組曲第3番の作曲に取り掛かった。
その頃までには、交響曲第4番、バレエ音楽「白鳥の湖」、歌劇「エフゲニー・オネーギン」、ピアノ協奏曲にヴァイオリン協奏曲と、現代でもチャイコフスキーの代表曲と言える曲を完成させていた。それでも彼は、44才になってもまだまだちっとも完璧でもなければ、代表的な作品を残していない、と感じていた。そしてその頃は、全ての音楽的試みが「新しい交響曲を生み出すための土台」であった。
妹の家の庭を散歩しながらチャイコフスキーはあくまで「未来の組曲(交響曲ではない)の種」を作っていたと綴る。交響曲へのこだわりが見える。
緑の中を散歩している間中、思いついたものをいつも書き留めていたそうだ。そのおかげか、「精神的な平穏と肉体的な健康、それらがより良くなるのを願わないことがあろうか」なんて手紙に書いたり、幾分落ち着いた心境を取り戻したように思える。しかしまた同時に「創造力という点に(中略)疑いを抱く時代」だったという。
日々の仕事の精神的なストレスで「だめだ、私はもう老いた」などと語ったり、「新しい組曲のような“独創的”な作品は終ぞ生まれなかった」とすぐマイナス思考で結論付けたりしていた。
こうした葛藤の時代に、彼はついに組曲として音楽を作ることを決心する。交響曲という規範に縛られ、苦悩していた状態から解放されたのだ。
「名前の問題ではない。とにかく私は4楽章構成の大編成の交響的な作品を書くのだ」と綴っている。


初演を担当したのはハンス・フォン・ビューローで、1885年1月にサンクトペテルブルクにて。その数日後にモスクワ初演を行った指揮者、マックス・エルトマンスデルファーに献呈されている。
第1曲「エレジー」では、冒頭からその美しさに圧倒されるだろう。リリカルで、そのくせいつも殊更うだるように、熱っぽい気持ちが打ち寄せてくる。
第2曲「憂鬱なワルツ」、さすがはチャイコフスキー、ワルツはお手の物だ。そもそも交響曲と組曲の違いと言えばまず真っ先に思い浮かぶのが「舞曲集」としての性質だが、この組曲中唯一の舞曲が第2曲のワルツ。根底には暗鬱としたものがあるが、ワルツを踊る喜びも見え隠れする。希望の光りは見えるだろうか。最後はppppと消え行き、この辺りもチャイコフスキーらしいと言えばらしい。
第3曲「スケルツォ」も堂々たるものだ。タランテラ風のユモレスクであり、清々しく、軽やかさで満たされている。弦楽器のピチカートのリズムで動くところなど、第4交響曲を彷彿とさせる。
第4曲の「主題と変奏」もまた、冒頭の雰囲気などは第5交響曲の4楽章の冒頭とよく似ている。このように、他の作品との関連が多く見られるのも、この組曲の特徴である。主題と12の変奏で20分程と最も長い楽章だ。
弦楽で奏でられた主題が、第1変奏では木管が加わり、第2変奏で金管が加わって勢いを増す。第3変奏は木管楽器のみのアンサンブル、第4変奏では「怒りの日」が挿入され、第5変奏ではフーガの形式を取る。基本的には、主題そのものの良さを活かした、シンプルな変奏になっている。
第6変奏からは変化の度合いも大きくなる。第7変奏では再び木管楽器のみで、素朴ながらも厳かな雰囲気を醸し出すと、第8変奏では美しいイングリッシュホルンのソロが。フリギア旋法で荘厳さも高まる。第9変奏では民衆の祭りを表現しているようだ。トライアングルも鳴って楽しい。金管の使い方を聴けば、分かる人にはいかにもロシア風の音楽だとわかるだろう。そしてヴァイオリンのソロ。この美しさは筆舌に尽くし難い。第10変奏で悲しい舞曲風の音楽をヴァイオリンが奏で、悲しみが積もりに積もったところで、第11変奏でついに光が差し込む。第12変奏ポロネーズでは、徐々に音楽は盛り上がり、モルト・ブリリアンテで高揚感は最大に。あとはクライマックスまで、勝利の歌が響き渡るのだ。
初演を指揮したハンス・フォン・ビューローは演奏後にこう語っていた。「私の芸術家人生の中でこの上なく美しいソワレだった」。誰しもそう感じたことだろう。何より僕自身が、この曲を含む素晴らしいソワレの後、そう感じたのだ。

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