集中力を高めるマーチ VOL.3 マーチで運動能力をアップ


コーツ ダムバスターズ・マーチ


なんと、エリック・コーツ(1886-1957)という偉大な作曲家が、日本語のウィキペディアには載っていないのだ。イギリスのノッティンガムシャーに生まれ、クラシックとポピュラーの中間のような所謂「ライト・ミュージック」を開拓した第一人者である。先達たるアーサー・サリヴァンが道を照らし出してくれたこともあってか、この時期のイギリスはライト・ミュージックの世界を代表するような作曲家たちを豊富に輩出しており、「ペルシャの市場にて」で有名なアルバート・ケテルビーをはじめ、エドワード・ジャーマンやハイドン・ウッド、アーサー・ベンジャミンなど、枚挙に暇がない。こういう作曲家たちを「単なるライト・ミュージックの作曲家とみなすのは間違い」などと言う人もいるが、蔑視するのは良くないにしても事実ライト・ミュージック界の大家たちであり、新世界を切り拓き一大ジャンルとして大成させた功績は事実である。そこは正当に評価されてしかるべきだ。


dambusterscomposer2012年の9月、BBCニュースノッティンガムのサイトに、“Dam Busters composer Eric Coates: ‘New’ songs found”という記事が掲載された。この記事のタイトルだけでお分かりのように、エリック・コーツは、イギリスでは「ダムバスターズの作曲家」として知られている。ちょうど久石譲がジブリの作曲家として知られているような感じだ。今回取り上げる「ダムバスターズ・マーチ」は、間違いなく彼の代表作である。
コーツがこの曲を作曲したのは1955年公開の同名の映画(邦題は『暁の出撃』)のためであり、その映画は、イギリス空軍第617中隊によって決行された世にも(悪)名高い作戦を扱ったものである。ドイツの工業の基盤であるルール地方の3つの巨大ダムを爆撃し、大きな損害を与えた作戦であり、同飛行隊はダムを破壊する「ダムバスターズ」としてその名を轟かせた。映画では、作戦遂行までの準備から、いわゆる反跳爆弾を発明したバーンズ・ウォリス博士の紹介まで、事細かに語られている。
コーツがこの映画のために作ったのはこれだけで、残りはロンドンの作曲家でヒッチコック映画の音楽も担当したレイトン・ルーカスによるものである。しかし人々が感動したのは、やはりコーツが生み出した、人々を鼓舞するような活き活きとした「ダムバスターズ・マーチ」であった。これは映画のメイン・タイトルで流れる音楽であったのだが、ごくまれに英国で放送される映画そのものよりも、音楽の方が広く世に知られることになった。
以上のように戦争映画の音楽なので、この作品はしばしば第二次世界大戦やナチスの支配に対する同盟国の戦いというイメージと関連付けて語られる。それは良いことでも悪いことでもないが、非常に大きなことだ。コーツはかねてから自身のマーチが行進のための行進曲ではなく、また自身のワルツが舞踏のための舞踏曲ではないと語っていた。おそらく彼が、この「ダムバスターズ・マーチ」は、多くのイギリス国民の心の中で、イギリス軍が絶大な信頼を寄せられていたであろう大戦中における最も勇敢で最も(悪)名高い行為とほぼ同義になったのだと聞いたら、コーツも音楽家としてまた英国人として、きっと天国で喜んでいることだろう。


この作品にはフルオーケストラ版と軍楽隊版が存在し、どちらも魅力的である。ちなみにこの曲の記事を書こうと思い立ったのは、こちらもライト・ミュージックの作曲家ロバート・ファーノン指揮によるオーケストラ版の録音で久しぶりにこの曲を聴き、再び魅了されたからだ。
いかにもこれから何か始まるぞ、という期待を込めたオープニングは、遠くから飛行機が徐々に近づいてくる様子を暗示しているのだろう。オープニングはそのまま活発な第1主題を導く。ただまあ残念なことに、この素敵な第1主題は映画のサントラとしては出てこない(映画音楽としてはこの部分は作曲されていなかった)。そして勇ましく、愛国的な雰囲気も持ち合わせた第2主題、ノーブルで美しいプロポーションのゆっくりとしたメロディは、劇場で多くの観衆の心を捉えたことだろう。このメインテーマ部分はオープニングのフレーズとよく似た音列になっている。映画ではオープニングの部分からリタルダンドして第2主題に入るという形だ。
主題の反復の後、長いクレッシェンド・アラルガンドがこの曲のメインテーマを再び導き、力強いコーダで終わる。一通り聴くと、イギリスのマーチといえばコレ、というエルガーの「威風堂々第1番」と酷似した構成をしていることに誰しも気が付くことだろう。このくらいのわかりやすい通俗性こそがライト・ミュージックの魅力に他ならない。圧倒的に大衆受けするメロディーがあり、そのメロディーが最後にテンポを落として高らかに歌われる、お望み通りの結末が用意されているのだ。
作曲家本人の息子であるオースティン・コーツは、この曲は本来映画のために作っていたのではなくて、「威風堂々」と同じ構造の、エルガー風マーチを作る練習として書いていたものだとインタビューで語っている。イギリスの第2の国歌と言われるほどに英国民の心にあまねく響くエルガーの「威風堂々」は、コーツの音楽性に大きな影響を与えたようだ。コーツが作りたかった音楽がどのようなものか、この晩年の作品を聴けば全てわかると言っても過言ではないかもしれない。
本家本元のように、プロムスのラストで大合唱が起こるほどには至らないのだが、イギリスのフットボールリーグであるカンファレンス・ナショナル(有名なプレミアリーグの3つ下のリーグ)のクラブ、リンカーン・シティFCのサポーターたちは、試合後に飛行機の真似をして両腕を広げ、「オーオオオーオオオー」とこの曲を歌っている。書いていて空しくなってしまった。やはり比べたらいけなかったか……。ちなみに、プロムスの企画のひとつ、プロムス・イン・ザ・パーク2010では、ヒルズボロの野外会場で、カール・デイヴィス指揮による演奏が行われている。
また、“ロック・フルートの神様”ことイアン・アンダーソン率いる英国のプログレッシヴ・ロック・バンド、ジェスロ・タルも、この曲をこれまた絶妙にダサいアレンジでこの曲をライブで取り上げている。なにゆえプログレの方々はクラシックを微妙なアレンジばかりするのか理解に苦しむが、リスペクトしていることは確かだ。
この曲を愛するイギリスの音楽ファンは多い。当然、威風堂々と同等の扱いには到底なるまいが、オーケストラや吹奏楽団には、今後ますます取り上げてもらいたい作品のひとつだ。穿った見方をせず、素直な心で迎えれば、本当に素直に感動すること間違いない。

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オムニバス(クラシック),サンタ・チェチーリア国立アカデミー合唱団,ポープ(ダグラス・A),バッシュフォード(ロドニー),フェネル(フレデリック),コールドストリーム・ガーズ,グレナディア・ガーズ軍楽隊,イーストマン・ウィンド・アンサンブル,ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団,フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル,サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団ユニバーサル ミュージック クラシック
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