スメタナ 弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」:“自叙伝カルテット”のパイオニア

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スメタナ:弦楽四重奏曲第1番・第2番


スメタナ 弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」


6年間もブログを続けてきて、未だに1曲も記事を書いていないビッグネームがちらほらいるのだが、スメタナもその一人で、本日解禁。
ロマン派音楽というのは、古典派からの移行期であるシューベルトにしろ後期のマーラーにしろ、大まかに捉えるとプライベートな感情の音楽であると言えるが、それに国民性という特徴を付したのがスメタナの大きな功績である。
いわゆる「国民楽派」の作曲家としてのスメタナの音楽で最も重要なものが連作交響詩「わが祖国」であり、そのスケールの大きさもまさに一国を芸術で扱うに相応しいものだ。その一方、「ロマン派」の作曲家としてのスメタナの音楽を挙げるなら、今回取り上げる弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」が、感情と主観のロマン派音楽の特徴を最もよく表していると言えるだろう。
その副題の通り、52才のスメタナが自身の生涯を振り返って音楽にしている作品であり、室内楽という形式はそういった自分語りに適しているのだろう。
考えてみると、「自分史を音楽にする」という試みのパイオニアはスメタナだったのかもしれない。
以前このブログで取り上げたドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」も同じ様な性質の音楽で、スメタナの「わが生涯より」が作曲された1876年の17年後、1893年に作曲されている。スメタナを敬愛するドヴォルザークが影響を受けなかったはずがない。また、これもブログで取り上げたヤナーチェクの弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」や、第2番「ないしょの手紙」にも、スメタナが提示した(自分語り的な)標題的弦楽四重奏という形式が受け継がれている。
この「標題的な弦楽四重奏」という形式は伝統的な弦楽四重奏の形式ではなかったため、スメタナがこの曲を作曲した際、プラハ室内楽協会は、難易度の高さという理由とともに初演を拒否している。
それでも、後にリストやサン=サーンスらが自国に紹介しているし、同時代のチェコの作曲家たちに与えた影響の大きさなどから考えても、この曲が名曲であることに異論はないだろう。
では「わが生涯」とはどのような生涯だったのか。この副題については、スメタナ自身が、友人でスメタナの音楽の熱狂的なファンでもあった著述家スルプ=デブルノフに宛てた手紙に詳細を記している。その中に見られる文言を幾つかの取り出してみよう。
「私の意図は、私の生涯を音の絵画として描くことだ」、「多かれ少なかれ、プライベートな作品だ。そしてそれ故、私を苦悩させた物事について、敢えて4つの楽器がそれぞれ自分たち同士で会話するように書かれているし、それ以上でもそれ以下でもない」。
スメタナを襲った苦痛とは、作曲の2年前、スメタナが50才のときに発症した梅毒性の失聴であった。彼は後に記憶喪失や幻覚に襲われ、発狂してこの世を去ることになる。耳の聴こえない状態で、自身の人生を振り返り悲劇的に描いたこの作品は、そのカタストロフィたるやオペラに勝るとも劣らないものだ。
正式な初演の前に行われた試奏には、ヴィオラ奏者としてドヴォルザークが参加している。完成から約2年後の1879年3月26日のことである。その3日後、3月29日に行われた公開初演の際には、スメタナはステージの袖からオペラグラスを使って演奏の様子を見ていたとのことだ。


印象的なホ短調の強奏から、ヴィオラが主旋律を奏でる。第1楽章で描かれているのは「若い頃の芸術への志向、ロマンティックな雰囲気、表現も定義もできない何ものかに対する言い表しがたい憧れ、そして将来の不幸への予期」であるとスメタナは語っている。ヴィオラの主旋律は情熱的だ。これは「人生の闘争への、運命からの呼び声」だという。ヴィオラがホ音(E)へと入っていくのも、ここでは大きな意味を持つ。終楽章でこのホ音はスメタナに聞こえていた耳鳴りとして用いられるからだ。ト長調の第2主題は、「音楽と愛におけるロマンスへの思い」が描かれている。メジャーコードとマイナーコードが入れ替わりながら進む旋律は、聴けば聴くほど、噛めば噛むほど味が出るものだ。
第2楽章は「スメタナがダンス音楽を作曲し、至る所で熱狂的なダンス愛好家として知られていた、若い頃の楽しい日々」を描いている。有名所で喩えれば、「売られた花嫁」序曲のような楽しい雰囲気を持っている。この楽しい旋律には「トランペットのように」と楽譜に書かれているのも興味深い。
第3楽章は「初恋の幸福さ、後に私の貞淑な妻となる少女を思い起こさせる」とスメタナは手紙に綴っている。美しい緩徐楽章だが、単なるゆったりとしたメロディーがあるだけではなく、各楽器の動きの細やかさも注目したい。基本的には2つの旋律の変奏曲として捉えられる。その変奏には様々な恋愛のエピソードが差し込まれているのだろうなあ、と想像しながら聞くこともできるだろう。
第4楽章は民族的なメロディーやリズムを用い、国民楽派としてのスメタナの面目躍如、心地良いスケルツォが奏でられる。こうした「音楽における国民的要素を扱う喜び」が活き活きと表現される最中、突然の休止の後、トレモロをバックにヴァイオリンのハイトーン(ホ音)が鳴る。「私の耳の中でピッチの高い音が運命的に鳴り響き、失聴の始まりを告げる」とスメタナは書いている。第1楽章で暗示されていた耳鳴りの音である(実際に鳴っていた音はホ音ではなかったとのことだが)。
人生の波乱万丈が豊かに描かれ、コンパクトな形態・演奏時間ながらも奥深さがあり、本当に良い音楽だ。苦悩をも昇華させる、芸術家としての理想的な姿なのではないだろうか。
4人の奏者が対話するという形式は、自身の人生を真摯に見つめ振り返りながら表現するのに適した形式だということ、これは言ってしまえば古典派の時代の音楽からそうなのだが、スメタナはここで過去に前例のないほど具体的に示してくれている。作曲家の私的な世界を吐露する瞬間。ドヴォルザークやヤナーチェクの作品や、ベルクの弦楽四重奏曲作品3や抒情組曲など、こっそりと愛を語ったり、あるいは誰かの誕生日を祝いまた誰かの死を悼み、個人的な思いを言葉以上に語る弦楽四重奏曲の魅力。音楽って素晴らしいなあと心から思う。

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