アイヴズ 弦楽四重奏曲第1番「救世軍から」:若き迷いを吹き払う

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アイヴズ 弦楽四重奏曲第1番「救世軍から」


アメリカ現代音楽のパイオニアことチャールズ・アイヴズ(1874-1954)の作品には、賛美歌の引用が頻繁に現れる。複雑さを極めて行く作風の中ですっと爽やかな風が通り抜けるような、美しい賛美歌のメロディーのおかげで、アイヴズの音楽のファンもいっそう増えたことだろう。
今回取り上げる弦楽四重奏曲第1番は、1896年、アイヴズがまだイェール大学在学中の作品で、ホレイショ・パーカーに師事していた頃だ。師のパーカーも色々な引用が好きな作曲家だと言えるが、賛美歌の引用が多いこの作品をパーカーはあまり高評価しなかった。パーカーはアイヴズに「賛美歌は入れるべきではない」「ムーディーやサンキーがシンフォニーの中で伝道するのを想像してみろ」と指導していたそうだ。真面目な芸術作品に賛美歌を入れるなんてけしからん、という、リバイバル運動の盛んな当時のアメリカの空気がうかがえるエピソードである。現代ではそんなことを言う音楽教師はいないだろう。
それはそうと、アイヴズは当時まだ大学2年生で、音楽の道を行くかどうか悩んでいた頃だ。結局自身の音楽では食っていけないと考えて、アイヴズは保険会社へ入社し、音楽は趣味で行う「日曜音楽家」の道を選んだのだが、そんな悩ましい青春時代に、賛美歌はきっと己の心を洗うようなモティーフだったに違いない。
僕もその清々しい旋律とアイヴズの創意工夫に魅了されてしまった。曲全体からほのかに香るアメリカらしさ(まるでドヴォルザークのような)は、おそらく若きアイヴズの内面に根付いているものか、またアメリカで当時作られた多くの賛美歌によるものか。


アイヴズは副題に「救世軍から」と付けているが、ここで用いられている旋律が救世軍(Salvation Army)の賛美歌集のものかは今ひとつよくわからない。アイヴズの作品の楽譜は、演奏不能なものや前後のよくわからない版も多数存在しており、アイヴズ自身それをそのままにしていたというので、後の学者たちは大変なご苦労をなさっていることだろう。この曲も「復活祭礼拝」(A Revival Service)という副題の版もあるようだ。J・ピーター・バークホルダーというアイヴズ研究者は、この曲で用いられている当時アイヴズが気に入っていた賛美歌を洗い出している。


1楽章冒頭から、Missionary hymn(北のはてなる)という賛美歌の旋律がフーガ風に扱われている。チェロの朗々たる響きに、ヴィオラ、2ndヴァイオリン、1stヴァイオリンの順に、旋律はC調-G調-C調-G調と交互に折り重なる。また別の賛美歌(Coronation)の主題と合わさりフーガ風の音楽を成す。なお師匠のパーカーはこの2曲の賛美歌がかなり嫌いだったようだ。これは「敢えて」なのだろうか。やるなアイヴズ。元々は在学中にオルガンないしオルガンと弦楽という編成で賛美歌フーガを考えていたようだが、弦楽四重奏として作曲し、後にこの楽章は第4交響曲の3楽章に転用されている。
2楽章はBeulah Landという賛美歌を自由にアレンジして、非常に親密な主題が印象的だ。何が印象的かって、冒頭が日清のCMの「夏の元気なご挨拶♪」に聞こえるから、親密な主題と言っても良いはずだ。またここでShining Shoreという、3楽章でも4楽章でも用いられている賛美歌が登場する。よほど好きなのだろう。
3楽章はNettletonという賛美歌がベースになっている。旋律の終わりの方を上手くいじって縷々と続くようにしたり、ふいに現れる不協和音も美しく鳴る。中間部も美しい。ここでドヴォルザークを思い起こすのもさもありなん。
4楽章は行進曲のような推進力を持つ。Coronationに加えてStand up for Jesusも用いられる。またこの楽章は、アイヴズがポリリズムを用いた最初期の曲だろう。最後はしっかりアーメン終止。賛美歌らしさ全開である。
循環形式も用いられており、賛美歌の旋律も上手くパラフレーズされていて、全体の統一感や主題の親和性の高さが感じられる。ベートーヴェンが運命で「タタタターン」をそこら中に散りばめて、楽章を通して同じ素材感をあしらったのと似ている。
若きアイヴズのクリエイティビティには驚かされる。アイヴズ研究で名高いジャン・スワッフォードは、この曲について以下のように語っている。
「第1カルテットはいわゆる“傑作”ではないが、決して無視できない。歩みも覚束ず、まだ疑わしき実験を試みているようだが、早熟の独自性と魅力をもった作品として100年先も輝いている。学生アイヴズにとって、イマジネーションを洗練させるというさらなる飛躍と、音楽的成熟への第一歩を象徴する作品だ」と語る。21歳の若きアイヴズ、今後が楽しみになる……そんな作品。もちろん、その「今後」にあたる作品は傑作揃いである。機会があればまた記事にしよう。

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