Trios from Our Homelands‐故郷からの三重奏曲


マルタン アイルランド民謡による三重奏曲


曲名だけで「これは絶対良い曲だ!」と確信していて、実演に触れて本当に素敵な曲だった!と感動した作品である。こちとら「リバーダンス」全盛期に青春時代を過ごした世代である。アイルランド音楽というのはそれだけで無条件で心躍るのだ。
フランク・マルタン(1890-1974)はスイスの作曲家。今回取り上げる「アイルランド民謡による三重奏曲」はピアノ、ヴァイオリン、チェロという一般的なピアノ三重奏の編成の曲である。1925年の作なので、彼の作品としては割と初期のものにあたる。もっと後の作品になると、その作風には独自の音楽語法が強く押し出されていくのだが、この頃のマルタンはまだ後期ロマン派のフランクやダンディ、ラヴェル、またはアメリカで生まれたばかりのジャズ、そして敬愛するバッハの影響が大きい。
生涯を通して室内楽曲を作っており、この曲を作曲した頃のマルタンはジュネーヴ室内楽協会設立のための活動に励み、ピアノやチェンバロの演奏に力を入れていた。
米国のアマチュア音楽家から、有名なアイルランド民謡を使った曲を依頼されたマルタンは、あえて有名所ではない、もっとマニアックで、資料に基づいたきちんとしたアイルランド民謡を使おうと思いたち、パリの図書館でガッツリ調査して作曲に望む。こういうところが一流アーティストの面倒なところ、まあ良いところでもあるのだが。
欲しいものと違うものを作られたので依頼はなかったことにされたそうだが、とりあえずマルタンは曲を完成させた。結果アマチュア向きの歌いやすいメロディーにあふれた曲ではなく、「民謡的なリズムへの挑戦」というバルトークやヴォーン=ウィリアムズと同様な文脈で民謡を捉えて拡張・再構成するような音楽になった。


1楽章“Allegro moderato – Allegro marcato”は、霧がかったような幻想的な雰囲気から始まる。低音のドローンも、今やドローンと言えば空を飛ぶものと決まっているが、こちらの地を這うようなドローンも、待ってましたといったところ。CとFで繰り返される低音に軽い身のこなしで乗る旋律、アイルランド民謡のメランコリックな響きが絶え間なく動いて動いて動きまくる。この楽しさ、いつまでも聴いていたいと思う、飽きの来ないものだ。マルカートということはリズムを活かしたいということなのだ。徐々にプリミティブな動きになるピアノや、リズムが複雑になるにつれてクライマックスへ向かう高揚感、実に楽しい。
2楽章“Adagio”のチェロの旋律の美しさ。泣かせにかかる跳躍が良い。悠々としたチェロに飄々としたピアノ、静かに佇むヴァイオリン。絶妙なテクスチャを味わえる。ピッツィカートによるパッセージの後にチェロの主題が回帰する。実に後期ロマン派的。転調の多さもあり、この辺りのロマン派作品が好きな人は大変楽しめるのではないか。
3楽章“Gigue”は明確な舞曲なので、皆さんお待ちかねのあのアイルランドっぽいダンスの時間。まあ確かにジグであることは違いないし、ヴァイオリンが入るとまるでストリートでおじさんが弾いてるアイリッシュのフィドルのような趣きもあるんだけど、まあ単にそれだけではないところにマルタンの意匠もあるわけなので、ぜひ聞いていただきたいところだ。少し取り上げると、やはりバッハ好きなんだなあと思わせる対位法的な工夫だったり、ヴァイオリンが奏でるパターン性の強い民俗的音楽にチェロとピアノで水を差しにいったり。曲の終わり方もオシャレだ。ピアノが「くるっと」して終わる洒脱さはいかにもラヴェルとかフランスの香り。とても良い。
こういう曲が多いのかなあと思ってマルタンの管弦楽曲や協奏曲を一時期よく聴き漁ったのだが、後期になると案外晦渋な作風で予想外だった。この曲は若きマルタンのエネルギッシュさと、民謡という取っ付きやすい音楽的要素のおかげで、マルタン作品への導入にピッタリだろう。

Trios from Our Homelands‐故郷からの三重奏曲 Trios from Our Homelands‐故郷からの三重奏曲
リンカーン・トリオ,レベッカ・クラーク; ババジャニアン; フランク・マルタン

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