ぐるりよざ~伊藤康英吹奏楽作品集


伊藤康英 吹奏楽のための交響詩「ぐるりよざ」


てっきりこのブログではもう「ぐるりよざ」について紹介していた気になっていたが、なんと紹介していなかった。伊藤康英のぐるりよざを取り上げようと思っていて、ちょうど「津軽三味線協奏曲」の初演を聞いたので、そちらを取り上げたのだった。
11月11日に中世・ルネサンス音楽研究の第一人者で立教大学名誉教授の皆川達夫氏(90)が「かくれキリシタンの祈りの歌」と題した公開講演会を行ったというニュースを見て、「おお、今こそこの研究が取り沙汰されるべきだ!」と勝手に納得し、この研究からインスピレーションを得て作られた名曲、伊藤康英の吹奏楽のための交響詩「ぐるりよざ」も、早くここで取り上げないと、と思い急ぎ更新することにしたのだ。
件の皆川教授の講演については、下記画像のリンクからご参照願いたい。一応僕の方でも、かいつまんで皆川教授の輝かしい成果について触れておこう。


鎖国時代の長崎で篤い信仰心を貫いた「隠れキリシタン」たちは、厳しい弾圧にもめげず、カトリック典礼の歌を歌い継いでいた。その中で、メロディーや歌詞が日本風に変化していった。ミサ音楽の「オラツィオ」は「オラショ」、グレゴリオ聖歌「グロリオーザ」は「ぐるりよざ」など。この曲の「ぐるりよざ」とはそういう意味だ。
特筆すべき皆川教授の成果というのは、長崎県の生月島――ここは隠れキリシタンの人たちが多かったことで有名だが、彼らの唱える「オラショ」が、16世紀のスペイン・グラナダ地方で歌われたグレゴリオ聖歌だったということを、長年の研究で明らかにしたことだ。
皆川教授は生月島で島民が歌うオラショをテープに収め、その歌詞をラテン語に復元。中世音楽史の専門家である教授は「きっとどこかに原典があるはず」と信じ、バチカンやフランス、ドイツなどの図書館を漁り続け、ついにマドリードの図書館でそれを発見したのだ。まるでシュリーマンの『古代への情熱』を読んでいるかのような、考古学サクセス・ストーリーである。すごい。

古代への情熱―シュリーマン自伝 (新潮文庫)

シュリーマンはギリシア神話に登場する伝説の都市トロイアが実在すると考え、実際にそれを発掘によって実在していたものと証明した。


と、そんな感じで世に知らしめられた「ぐるりよざ」がテーマであるこの吹奏楽作品、幸いにもファンが多く、インターネットでも熱く語られているページがそこそこ存在するので、詳しく知りたい方は検索してもらいたい。
ソースは忘れたが、この曲のキャッチフレーズに「日本と西洋の音楽が、かつて出会ったことのないファンタジー」と付いていたのを覚えている。これは言い得て妙だ。
第1楽章「祈り」(Oratio)は、オラショの主題による変奏曲。変奏は13回と数字でもキリスト教を意識し、バッハ風のシャコンヌを構成し荘厳な雰囲気を醸し出す。第2楽章「唄」(Cantus)はキリシタンたちに歌い継がれてきた「さんじゅあん様のうた」が下敷きで、和楽器の龍笛が使われる(が実際はほとんどピッコロで代用される)。この辺の和と洋の感覚が実に長崎らしい。 第3楽章「祭り」(Dies Festus)は対馬蒙古太鼓のリズムと「長崎ぶらぶら節」の旋律がモチーフ。ショスタコーヴィチの交響曲第12番「1917年」1楽章とよく似た音列が用いられていることにも触れておこう。1,2楽章のモチーフも含めフーガを成す、これは三位一体の意味するとのこと。吹奏楽作品としてはなかなかのカタルシスを得られる。
一応ざっくり楽曲について解説してみたが、何よりご存命の現役邦人作曲家なので、オフィシャルページに楽曲紹介が載っている。とすると、もう特に解説する必要がないので、主に僕が語りたい思いをつらつら語りたいと思う。


まず、吹奏楽という割と大衆的な(という言い方が良いかわからないが)ジャンルで作曲されたことが素晴らしい。普段学校の部活でなんとなく楽器を吹いている子どもたちが、もしこの曲を演奏するとなれば、こんなにも熱意を持って音楽史の研究をしているすごい人物がいたということを知ってもらうことができる。現代音楽の最先端を行くジャンルでやってもあまり価値はないのだ。なぜなら、ある程度の芸術的教養のある人であれば皆川教授のことは知っている訳だし、「楽器演奏は好きだけど芸術音楽全般への興味は特にないです」という層を狙い撃ちして知らしめることができる。これは非常に意義のあることだ。
もし一人でも多くの若者が、まあ別に若者でなくても、吹奏楽を通して皆川達夫の研究に触れることがあれば、僕はそれだけでもこの曲の存在価値はとても大きいと思う。
そしてこの音楽を通して、弾圧にめげずに強い意志を持ち続けて祈りを捧げた人たちがかつて日本にいたということを知ってもらいたい。こんな現代だからこそ、人の本当の思いが音楽を通して表現されうるのだということを……!
さらに言えば、音楽というのは、そういうスピリットを受け継ぐことに寄与しているということを、吹奏楽界隈の人たちに、特に中高生たちに、強く認識してもらいたいのだ。若人たちよ、君たちはスペインのキリスト教徒たちが長崎の人たちに伝え、皆川教授が熱意と努力をもってして後世に伝え広め、それを伊藤康英が競技人口のめちゃめちゃ多い吹奏楽という分野に伝え広めた結果、こうして生まれた音楽をやっているのだ、と。
後は君たちが何をするのか、音楽で、人生で、やるべきことは何なのか。考える機会をくれるだろう。

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