セルダーニャ~セヴラック:ピアノ作品集


セヴラック セルダーニャ – 5つの絵画的練習曲


セヴラックについて書くのは2010年以来ということで、これはもう初めて取り上げるのと同じように書くべきなのではないかと思い、ちょっとプロフィール紹介も含めて書いてみよう。
ドビュッシーに「土の薫りのする素敵な音楽」と評価され、ダンディとマニャールに学び、アルベニスの助手を務めたフランスの作曲家……こう書いただけで、わかる人にはものすごく魅力的だと思う。今回はそんな魅力的な作曲家、デオダ・ド・セヴラックの作品を取り上げよう。
とりわけピアノ作品が有名なセヴラックだが、その理由はやはりチッコリーニや舘野泉など、人気ピアニストが取り上げたことだろう。一応管弦楽曲や劇音楽などもあるらしいが、今日取り上げられることはほとんどない。
印象派的な卓抜した描写力と、後期ロマン派的な地域色豊かな音楽性の邂逅……そんな音楽をイメージしてもらえば大体正解だと思う。この「セルダーニャ – 5つの絵画的練習曲」という曲名からもわかるように、明確に情景を描写した音楽である。
そういう自然からインスピレーションを受けた音楽こそが、セヴラックにとっての真の音楽だったのだと思う。彼にとって、都会やアカデミズムというのは心惹かれるものではなかった。パリ音楽院に入学するも、すぐに辞めてダンディが新設したスコラ・カントルムへ入学。それでも彼にとっては、学校というもの自体が窮屈だったのかもしれない。今ではセヴラック全曲録音などでしか演奏されることのない、スコラ・カントルム時代に作られたピアノ・ソナタを聞いてみるといい。やはり面白みに欠ける。
セヴラックにとっては「提示部・展開部・再現部」とか「形式」とか、そういったものは足かせでしかなかったのだろう。「セルダーニャ」という旅先から届く絵葉書のような色彩豊かな音楽を聴けば誰しもそう思うはずだ(余談だが、ダンディのファンとしては、フランク直伝の「形式」の狂信者でありながら、その代表作として絵画のような描写的音楽を挙げられるこのダンディという作曲家の凄さを再認識する)。
学校で学ぶ音楽が上手くハマらなかったセヴラックは、大自然を教師に選んだと言ってもいいだろう。地方色の濃いアルベニスのピアノ音楽、大胆で目新しさに満ちていたドビュッシーの語彙とシンタックスもまた、セヴラックに大きな影響を与えている。


「セルダーニャ」はフランスとスペインの国境を跨ぐピレネー山脈の地域のことである。セヴラックはアルベニスの死後、1910年からセルダーニャの近く南仏のピレネー=オリアンタル県のセレという町に移住し終の住処とした。1908年から1911年の間に作曲され、1曲が5分~8分ほど、5曲の組曲になっている。
それぞれに題が付いているので、その風景を思い描きながら聴くのが楽しい。
第1曲En Tartane (L’arrivee en Cerdagne)「二輪馬車にて」(セルダーニャへの到着)、きっと冒頭の印象的なレチタティーヴォはセルダーニャの景色が眼前に広がった瞬間なのだろう。美しい。二輪馬車に乗って軽快に移動する様子も手に取るようにわかる。ああ美しき田舎の賛美。
第2曲Les fetes (Souvenir de Puigcerda)「祭」(ピュイセルダの思い出)、ピュイセルダというのはスペインの町で、スペイン語ではプッチサルダーという。同じセルダーニャの地方でも、国境を越えると異国情緒がある。民謡のような歌が路地裏から聞こえるようだ。舞曲風のアレグレットもお祭りを思わせ、何よりもその後の部分、“Charmante Rencontre”(魅惑的な出会い)と書かれた部分の甘美さは官能的ですらある。やはりお祭りと言えばこうでなくては。途中で挟まる“Carabineros (Claironnant)”、これは国境警備隊のラッパだ。徐々にラッパの音が遠くなると、親愛なるアルベニスを見つけると書かれた部分へ入る。なるほどアルベニスのピアノ曲を彷彿とさせる。
第3曲Menetriers et glaneuses (Souvenir d’un pelerinage a Font-Romeu)「遍歴楽師と落ち穂拾いの女」(フォンロムーへの巡礼の思い出)、フォンロムーはピレネーにある村で、水泳の入江陵介選手が高地トレーニングをした場所でもある。村には教会があり、この曲はサルダーナという舞曲を用いたヴァイオリン弾きたちの力強い音楽と、静謐で経験な祈りの音楽とが交互に現れる。結構コロコロ入れ替わる。聖と俗の混在は意味深いものだと思う。この曲とフォンロムーについては、ピアニスト深尾由美子さんのホームページが詳しい(リンクはこちらから)。
第4曲Les muletiers devant le Christ de Llivia (Complainte)「リヴィアのキリスト像の前のらば引きたち」(哀歌)は、その名の通り荘厳な哀歌となっている。リビアはスペイン領の飛び地で、ここにも教会があり、セヴラックは13世紀のキリスト像(下の写真)をモチーフに作曲したとされている。フォーレやリストのピアノ曲をも彷彿とさせる。
第5曲Le retour des muletiers「らば引きたちの帰還」、第4曲に登場したらば引きたちは、そそくさとその場を後にする。馬(ラバかロバか知らんが)の軽快な足音と、どこか心細いような、哀愁のある口笛の旋律……こんな情景が浮かぶ。ヴァイオリンのマルテレの上に乗っかっているような雰囲気だ。第2曲の甘美な主題も現れるが、これはどういう意図なのだろうか。色々と想像するのもまた楽しい。

リヴィアのキリスト像。クリックすると画像元サイトへ飛びます。


都会のドビュッシー、田舎のセヴラック、という安直なジャッジはしたくないが、ときに都会の洗練されたアンニュイさに嫌気が差す気分のときは、セヴラックのような陽の光と土の香りのする音楽を浴びたいものだ。フランス語では絶対音楽のことを“musique pure”と言うそうだが、標題音楽でもこれはpureな音楽に違いない。

ひまわりの海~セヴラック:ピアノ作品集
舘野泉
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