ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」―シューマン:幻想曲(クラシック・マスターズ)


シューマン 幻想曲 ハ長調 作品17


ドイツのボン市がベートーヴェン死後10年を記念した像を設立する計画を出したのが1835年。ベートーヴェンへ敬愛の念を抱いていたシューマンも賛同し、作品の収益を寄付する目的で「フロレスタンとオイゼビウスによる大ソナタ、ベートーヴェンの記念のためのオーボーレン 作品12」と題した曲を作ろうと取り掛かったのが1836年。結局これはいくつかの出版社から出版を断られてしまい、ブライトコプフから「幻想曲 ハ長調 作品17」という題で出版されることとなった。
1839年に出版され、フランツ・リストに献呈されている。リストはこの曲を大いに評価し、シューマンに最大限の感謝を述べ、お礼としてリストの代表曲として挙げられるロ短調ソナタをシューマンに献呈した(しかしこちらはシューマンが自殺未遂で精神病院に入院中だった)。
元々「大ソナタ」とされていただけあって、なかなかの大曲である。3楽章構成で30分弱あるこの曲のことを僕が好きになったのは、クラシックを聴くようになってだいぶ経ってからである。「森の情景」や「子供の情景」、「幻想小曲集」などのいわゆる“珠玉の小品”集のようなシューマンの音楽にいっそう惹かれていたため、大規模な作品に興味を持つのはちょっと遅かった。
それでも、学生時代に高速バスで長期間移動をしながらぼんやり聴いていたデムスのシューマン全集の中で、この曲の2楽章に突如はっとさせられたのは、今でも覚えている。
シューマンのベートーヴェンへの敬愛の念と、クララへの恋愛の情とが、絶妙に入り交じる名曲だ。


1楽章と3楽章はハ長調、これはクララの“C”である。CAAという音列でクララを表すというのも、シューマンがよくやる手法だ。2楽章は変ホ長調、これはベートーヴェンの「英雄」「皇帝」で用いられている、ベートーヴェンをイメージする調として知られている。なんとまあわかりやすい。
冒頭の16分音符の伴奏はすぐにシューマン的な夢幻の世界へと聴衆を誘う。この弾き方ひとつとっても、ピアニストによって千差万別で興味深い。華やかだったり、ペールトーンだったり……この曲にどんな思いを乗せ、どんな情感を引き出そうとしているのかが、開始1秒もない間に伝わってくるのだ。
シューマンは1楽章について「おそらく今まで作曲したものの中で最も情熱的だろう――貴女へのラメントです」とクララ宛に書いている。結婚間近の2人ではあったが、クララの父が猛反対し、訴訟だなんだとシューマンも苦しんでいた頃の音楽だ。胸が苦しい、想いではちきれそうになる……陳腐な恋愛の描写かもしれないが、紛れもない事実として音楽に現れている。そんな魅惑的な第1主題は、クララの作品からの引用だとする説もある。5度下がる音形はシューマン作品においては「クララの主題」と呼ばれる。また、直後に現れるベートーヴェンの歌曲「遙かなる恋人に寄す」の第6曲からの引用は、その唐突に出現する歌の優しさに嘆息するとともに暗示的でもある。
“Nimm sie hin denn, diese Lieder. Die ich dir, Geliebte, sang.”(さあ愛する君よ、受け取っておくれ。以前に歌ったこの歌を)と歌われる旋律が、所々に登場し、1楽章の最後にも現れる。シューマンらしい、アクセントをずらした歪なフレーズの直後である。歪んだラメント、狂おしい思いを整理し自らを落ち着かせるように、ベートーヴェンの歌は用いられている。
2楽章は凱旋の行進曲のような旋律から始まる。mfなので壮大過ぎるものではない。ただの勝利の歌ではないのだ。これこそ、ベートーヴェンへの思いとクララへの思いの交錯する、ロマン的旋律である。再現されるたびにダイナミクスは大きくなる。そして第2主題はいかにもシューマンのピアノ曲らしい、付点のリズム。凱歌はシンプルかもしれないが、ここは複雑だ。この2楽章の第2主題の弾き方に、ピアニストのシューマンに対する解釈が最もよく現れると思っている。変イ長調に転調した少し緩やかな主題の部分もそうだ。強拍をずらし夢と現を彷徨うよな、そんな音楽に聞こえる。
3楽章は穏やかで、温かい情を秘めた、美しい祈りか。1音1音が愛おしい。月光ソナタのような趣き、これはベートーヴェンへの讃歌でもあるのだろうか。心を鎮める、まるでシューベルトのピアノ作品のようだ。シューベルトもまたベートーヴェンを愛した音楽家であった。彼にもまた愛おしいハ長調の幻想曲がある。穏やかな旋律は、クララの主題も登場しつつ、夢のような時の中を緩やかに流れ、天のラッパのような輝かしいコラールへとたどり着く……のだが、この感情の最も高ぶる部分が、実に慎ましく、簡素な響きなのである。ピアノならではの、減衰音の儚さ。僕はこれをシューベルト的なシャイさと似たようなものと捉えている。この爆発しない、寸前の感情こそ、クララへの思いであり、真にロマン的なものなのだ。おわかりいただけるだろうか。何かシューマンは、この音楽をクララに贈るとともに、自らの心を落ち着けているようにも思えるが、それは考え過ぎだろうか。包み込む“C”の調性、ひとえに「愛」である。
しかし思うのだが、昨今は作曲者の意図や時代背景に忠実に、ということが音楽界のルールではあれど、こと「幻想曲」においては、受け取り手の想像的飛躍こそが醍醐味であり、ファンタジーの有り様なのではないかと。ピアニストの、或いは聞き手の、ロマン的な理解というのは、どうもそういうところに本質があるように思えてならない。

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