クラ ピアノ三重奏曲「象徴的な旅」:船上の作曲家

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ジャン・クラ 室内楽作品


クラ ピアノ三重奏曲「象徴的な旅」


ジャン・クラ(1879-1932)というフランスの作曲家をご存知だろうか。作曲家であり、海軍士官でもある。第一次世界大戦では相当の活躍をしたそうだ。
そちらの方の詳しい話はまたそちらのオタクの人に任せるとして、音楽家としてのクラの、珠玉の名曲を紹介しよう。
海軍の職務をこなしつつ作曲活動に勤しんだクラは、生涯に渡って歌曲や室内楽を作った。歌劇などの大編成ものも残している。軍艦にピアノを持ち込んで、船上で作曲していたそうだ。ボロディンもそうだが、こうして作曲家を調べているとつくづく思う、天は二物を与えるものである。
世間的には弦楽四重奏曲や弦楽三重奏曲が傑作として誉れ高いが、僕の好きな編成でもあるピアノ三重奏曲も負けず劣らずの名曲である。
フランスの後期ロマン派歌曲の代表的作曲家デュパルクと出会ったのが、クラが20才のとき。ちょうどピアノ三重奏曲「象徴的な旅」の作曲もクラ20才のとき(1899年)である。出会ってから作曲したのか、もう出会う前に完成していたかはわからないが、クラはデュパルクにとって弟子であり親友であり、「精神的息子」と呼ばれていたそうだ。
19世紀末から20世紀はじめと言えば、ドビュッシーやラヴェルなどの印象派をはじめ、フランス近代音楽の黄金期である。クラの作風はデュパルクやショーソン、フランクなどと近いものがある。
17才から士官候補生として船上生活を送り、アメリカ、西インド諸島などを巡航していただけあって、民俗的な要素も彼の作風に大いに影響している。
そんな旅する作曲家にぴったりなこの曲のタイトルに釣られて聴いたのだが、ここでの「旅」はどちらかというと象徴主義的なもので(タイトルにそう書いてあるだろ!)、少年から青年への人生の旅、といったところか。
そうは言っても、そこはかとない異国情緒は確かに存在しており、聴いていて面白い作品だ。原語では“Voyage symbolique”というタイトル。


作曲者による各楽章の概説が付いている。CDブックレットから少し引用しよう。第1楽章は「旅立ち」、『夢のように過ぎた少年時代に別れを告げるとき、その急な旅立ちの慟哭を描いている』とある。ニ短調の、いわゆるエモいメロディが印象的だ。クララ・シューマンのトリオに匹敵するエモさ。17才で船に乗る男は違うなあ……などとふざけてしまうが、正統派の後期ロマン派らしい音楽である。
第2楽章「不在」、『思い出は帰らないもの、波間に浮かぶカモメのごとくに』と。これは緩徐楽章である。ついつい、大洋に浮かぶ船で、ひとり黄昏て海を見つめる青年を想像する。チェロの物悲しい語りから始まり、ヴァイオリンがそれを引き継ぐ。徐々に盛り上がり、思い出の世界へと去ってしまうのだが、ふと現実に帰ってくる。
3楽章「回帰」、『私の生を初めて肯定する日、一人の青年の旅立ちを描く哲学的とも言える思索である』とある。気移りするメロディと必要以上に絡み合うような音のやりとりに僕はショーソンを思い起こす。後半、各楽器のソロからピアノによる主題の再奏、回帰、からのクライマックス、なかなかに胸を打つ構成感と抒情性である。
僕が聴いているのは鶴園紫磯子女史のジャン・クラ作品集のCDに入っていたもので、ジャック・ゴーティエ(p)、七島晶子(vn)、フィリップ・ミュレール(vc)による録音で、日本初録音とのこと。
この曲は未出版であり、チェロのミュレール氏がクラの遺族と出会い、そのご好意でパリのマーラー図書館所蔵の自筆譜を借りられたため録音できたものだそうだ。
1907年にもピアノ三重奏曲を書いており、こちらは出版されている。故郷ブルターニュとご当地音楽のエッセンスがより洗練された形で表現され、こちらが本当の「旅する音楽」かも。いずれも録音は少ないが、これからもう少しポピュラーになってくれることを願おう。

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