風のうた
中村千栄子


風のうた るらら
風の歌 うたう るらる


「春の風」
ちらちら きらきら
四国の海は 瀬戸内の海は
幼子のよう……
さっきから あどけない つぶやきを
飽きもせず くり返すーー
小さくてまるい浜の砂利が
波のいたずらに かわいい声をあげるーー
駆けつづけてきた少女の
あまく香る うなじのうぶ毛が
かすかに波打つのは
やさしい風が くすぐるかしら


うっとりと 砂浜にねて
春の午後
四国の海の
快い風のうた
海と少女の とりとめのない対話


「夏の風」
池の錦鯉が おどるから
黄色いせきれいが はねるから
溢れ出る潟が うたうから
だから 赤倉は いい
何もかも 赤倉の夏は 生きている
蝶々がいる
鬼やんまだって
部屋に 飛び込んでくる
みんな子ども達のように
ぴちぴちとした 自然
すっかんぽに 口をすぼめ
あざみを摘んで
竹筒に活けるのは わたし
筧の水と 長いこと おしゃべりしてる
それは だあれ?
杉の木立で ぶらんこしている
あれは だれ!


こっそり あなただけに
教えましょうか
それは 朝の風
いちばん早起きの
お茶目な空の坊やなのよ


「秋の風」
月が出て
秋と並んだ
奈良の西の京ーー


さっき法隆寺で 出会った
味気ない 日本の伝統ーー
コンクリートの家にとじこめられた
仏さんたちの悲しみが
ひたひた音を立てる 白い道を
ただ歩くひたすらに

浮かび上がった
ほんものの奈良
小さくて 大きい
法起寺の 三重の塔


こぼれ落ちそうな
寺の建物のかげに
ゆったり腰をおろす
この充実感
荒れはてた池にうつる
月の横顔
水煙を静かにゆるす
風の子守りうた



日本の秋
古い都の秋


「冬の風」
なぜ うめくのか
なぜ あえぐのか
故郷は 風の音で いっぱいだった
その中で 育まれたはずなのに
すっかり 忘れていた
この風のざわめき
さび鉄色の嘆きーー
ぐみの枯葉色の しわぶきーー


仲間と いっしょに 立ちつくしながら
ひどく 孤独な たもぎの木たちが
田んぼのどろ水をなめなめ
米山おろしを その横っつらに うけ
それでも その泣きっつらで
伏し目がちに 足元の一点を見つめる
なんて けなげな 越後の冬ーー


なぜ うめくのか
なぜ あえぐのか
ひどく 人間的な
この 風のうた


堪えに 堪えたものの
あきらめのうたか
それとも
生きることの
あかしのうたか
なんて けなげな
この 鳴る風のうた


風のうた るらら
風のうた うたう るらる