オススメの名盤はこちら。


シューベルト 交響曲第5番 変ロ長調 D485
ペーター・シュライアー/シュターツカペレ・ドレスデン(1977年)


有名歌手、兼指揮者というと最近はもっぱらプラシド・ドミンゴのスキャンダルが話題だが、ドミンゴは歌手としての名声の大きさと指揮者としての評価の小ささのギャップが激しい。ではテノール歌手兼指揮者として活躍したペーター・シュライヤーはどうだろう。もっぱらバッハ指揮者(歌手も兼ねることが多かった)としての評価が高く、オペラも振ったりはしていたようだが、ドミンゴのように悪い意味だとしても、あまり話題にはならなかったようだ。

O Sole Mio: Tenor Arias & Songs

ドミンゴとシュライアーが一度に聴けるCDがあった。


僕はシューベルトの交響曲第5番が大好きなので、色々聴き漁っているときにこの音源に出会った。バッハ以外もあるんだなあなんて思いながら軽い気持ちで聴いていたら、あれ、これすごく良いのでは……と引き込まれた。僕は何を隠そう誠に寛大な性格で、しかも拘りもあまりないので、好きな曲だとどんな演奏でも大体気分が良くなるタイプだけれども、これはかなり好みである。さっそく詳しく調べようと思って検索してみたら、ほとんど情報がない。話題にすらなっていなかった。世の中そんなもんである。


まあ、だから僕も書けるだけここに書いておこうと思ったというのもある。これ以外にもオススメできる名演名盤はたくさんあるのだ。おそらく初出はETERNAレーベルのLPで未完成交響曲とカップリング。その後Berlin ClassicsからCDとして出ている。今は様々な配信で簡単に聴くことができる。


シュライアー/シュターツカペレ・ドレスデンの演奏の何が良いのか。それはこの曲の最大の魅力である旋律に重きを置いて、その歌に全てを賭けた演奏である点だ。なんて書いてしまうと妙に陳腐な気もするし、そもそも「この曲ってどの演奏もそんな感じじゃない?」と言われてしまいそうだが、実はそうでもないと思っている。そうでもない演奏の1つの極致のような演奏がカール・ベーム指揮のものだ。ということでベームも含め、少しこの曲の他の演奏についても紹介しよう。


まず今回紹介しているシュターツカペレ・ドレスデンによるシューベルトの5番というと、古くは1942年6月12日のベームの録音がある。当時歌劇場の総監督であったベーム指揮によるセッション録音で、冒頭から重々しい開始は印象的である。彼はこの曲を好んで取り上げており、ちゃんと20世紀の巨匠指揮者らしく、シンフォニックな演奏をする。つまり交響曲としてのスケールの大きさや構造なるものをしっかりと打ち出してアピールするのだ。このスタイルは1966年のベルリン・フィル、1979年のウィーン・フィルとの同曲の録音で一応の完成形を見る。


しかし正直、こっちとしてはそんな交響曲としてのスケール感みたいなのは、シューベルトの初期交響曲にそこまで期待しちゃいないのだ。僕みたいにシューベルトの歌曲や室内楽、ピアノ曲などのファンにとっては、そういう演奏はもちろんアリっちゃアリなんだけど、どちらかと言えばもっとシューベルトを聴くならそこじゃなくてメロディでしょ、楽器でどう歌曲みたいな良さを出すかでしょ、なんて風にも思ってしまう。しかしこのベーム/ベルリン・フィルorウィーン・フィル盤は、どちらも定番として取り上げられているような印象である。巨匠と有名オケによる演奏は間違いなくこの曲の知名度アップに一役買ったに違いない。


とは言えこの曲、実は相当数の録音があり、しかもかなり昔から演奏されているレパートリーである。まあシューベルトくらい有名なら当たり前っちゃそうなんだけど、ビーチャムやフリッツ・ブッシュ、ワルターやエーリヒ・クライバー、意外なところだとトスカニーニなんかも録音している。トスカニーニは面白いですよ、非常にトスカニーニらしいというか、全くシューベルトらしくないというか、本当にもう、トスカニーニだなあって感じ。少し話が逸れたが「旋律重視の歌った演奏」となると、オールドスクールな演奏ではちょっと厳しい。ビーチャムなんかめちゃくちゃ歌っているけれども、結局この辺りは時代的にもディフォルメだなあ感は否めない。逆に古楽系演奏になってしまうと、それはそれでとても楽しいけれども、どうやっても旋律に命賭けてます、とはならない。


そこで挙げたいのがケルテスシュライアーなのだ。いや、ケルテスの交響曲全集は良いのだよ本当に、でももうシュライアーの話全然してないから割愛しよう。シュライアーが気になって読んでる人多分もう帰っちゃったんじゃないかな、すいませんね……。ベームがシンフォニックな演奏の一極致だとしたら、シュライアーはその対極に位置するような、オケの機能性や交響曲としての構造、スコアの縦軸ではなくて、旋律線の流れる横軸で見たシューベルトの交響曲、そんな印象を受ける。シューベルトの一番美味しいところ、それを素材本来の味をそのまま活かして、少ないが絶妙な調味料で味付けされた歌、なんて言ってみたらどうだろう。


かといって、別に縦の線が崩壊している訳ではない。まあ、そこはシュターツカペレ・ドレスデンで助かったというか、上手いんですよねシュターツカペレ・ドレスデンって。実際シュライアーにオケを引き締めてピリッと統率する能力がものすごくあるとも思ってないが、横をいじると縦がなおざりになるのはありがちな話。そこを何とか食いしばってギリギリセーフにおさめてくれている。セーフでしょうこれは。つまりもっと上手くできるはず、このオケは。しかしそのリスクを取って歌わせたシュライアーには拍手を送りたいと、そういうことです。ただシュターツカペレ・ドレスデンの上手い音を聴きたいならブロムシュテット盤を聞けばいいのだ。下のリンクのもの。全集です。

シューベルト:交響曲全集 ヘルベルト・ブロムシュテット
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 シュターツカペレ・ドレスデン
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シュライアー盤の話に戻ろう。フレーズ終わりの処理、適度な濃さのアーティキュレーションとダイナミクス、強調し過ぎないスタッカートやフォルテがいじらしい、そこが愛らしい。1楽章の数少ないリズム的な決め場であるトゥッティで付点四分と八分で進むところも、絶妙に緩い。ガッチガチにリズム取られても興ざめする。この震えるようなリズムが、シューベルトに限っては良いのだ。2楽章なんかは誰がどうやってもきれいになる楽章だけれど、だからこそ妙なディフォルメや変なところを突出させたりしないで、優しいアクセントで、美しい容姿を保ったまま。それでいて16分音符の弾き方を微調整させたり、勢いに乗せたり、旋律が生きて呼吸しているようだ。まるで人が歌っているように……こう書くと、シュライアーが歌手だからという短絡的な解釈になってしまいそうだが、事実だからしょうがない。3楽章のトリオなんかたまらない。ここは入りだけでいつも泣ける(けど雑に入っていく演奏だと逆に泣きたくなる)が、シュライアーの演奏は弦楽のスタッカートが最高に丁寧でさらに泣ける。4楽章もさすがシュライアーはわかっている。このAllegro vivaceを遅くしたがる指揮者もいるが、それは丁寧な歌い方とは僕は思えない。この旋律が内在している歌はやはり流暢な語り口でないとその力を存分に発揮することはできない。第2主題の三連符も流れるようで美しい。うやむやだったり、強調していたりするのは好きではない。さり気なさがいい。


シューベルトの歌い方をよく心得ている指揮者だからこそ生まれた、いい演奏だと思う。もっとも、じゃあシュライアーの歌うシューベルトの歌曲とどっちをすすめるかと言われたら、後者になるだろうが。

Franz Schubert.: Symphony No. 5 / Robert Schumann: Symphony No. 1 (Schreier Konwitschny)
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