Beethoven: Piano Sonatas Nos. 23, 26 & 32 (Famous Classical Music)


ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 作品57「熱情」


ピアニストのエドウィン・フィッシャーはこの曲を「過激な主観性の表現」と言った。これ以上の言葉があろうか。グレン・グールドは駄作扱いし、ロシアの革命家レーニンは「こんなものを聴いたら革命はできない。悪人にはなれない」と大絶賛。やはり貶せば玄人らしく、褒めると素人くさいのかしら……。
ベートーヴェン中期の傑作、ソナタ「熱情」は、「月光」「悲愴」と並び3大ソナタと言われる。クラシック鑑賞が好きな人はこの辺の曲を導入に、それから初期の可憐な作品群や後期の深奥な作品群へ進むというパターンが多いのではないだろうか。
3大ソナタはどれも聴きやすいが、弾くとなると「熱情」だけ技術的にレベルが上がる。また趣味人としてある程度こなれてくると、この3曲は食傷気味になるだろう。が、僕はバカなので未だにバカの一つ覚えで聴きまくっている。好きなのだ。「熱情」はかっこいい。
1803~1806年頃に作曲。ベートーヴェンがハイリゲンシュタットの遺書を書いた後、英雄やクロイツェル・ソナタなどの傑作を生み、また歌劇「フィデリオ」を作曲している時期だ。「熱情」以降、4年もピアノ・ソナタを書かなかったのは、やり切った感もあるのだろう。
ベートーヴェン自身による副題ではないものの、僕は今でも「熱情」あるいは「アパショナータ」という言葉の意味はこの曲が象徴するものを想像するし、むしろ思春期にこの曲から「熱情」という概念を教わったと言っても過言ではない。人間の気持ちの「熱い」もの。音楽に対して熱い気持ちを抱かせてくれた曲でもある。大人になって振り返っても、そういう経験を幸運に思う。


3楽章構成で20~25分ほどの長さ。作曲時期の近いソナタ21番「ワルトシュタイン」は全楽章がppで始まり、「熱情」もまた1楽章pp、2楽章p、アタッカで入る3楽章はffだが、第1主題はppから。これはベートーヴェンがいかにコントラストやダイナミクスの展開を意識していたかを示している。音楽を急に方向転換させたり、勢いよく流れていた音が急に休符に突入したり、ピアノ音楽における新たな「熱狂の表現の可能性」を開拓しているようだ。
1楽章冒頭の暗い主題の提示、初めてこの曲に出会った頃、印象的なユニゾンの旋律だけで興奮したのを思い出す。いや今でも興奮する。ここをどんな音色で弾くのか、8分音符の拍感はどうか、ユニゾンが解けて和音とメロディになったときにどう変わるのか、変わらないのか、トリルはどう弾くか、休符はどうか、半音上がった主題は先のものとどう違うのか、再び戻った調は、登場する運命の動機は、目まぐるしく変わる強弱の変化の付け方は……この音楽の幕開けはとにかく密度が濃い。
かつてアメリカの名ピアノ教師であるシルヴィオ・ションティは、この1楽章4小節目の休符を、静寂が音楽における最も偉大な効果だということの格好の例だと指摘した。2拍目と3拍目の静寂を正確に捉えられない人がどれだけ多いことか、と思うピアノ教師は世の中たくさんいそうだ。
ギャップ、振れ幅の大きさがベートーヴェンの目指したものであるのは確かだが、それは楽章間でも言える。2楽章の静的な音楽は、子守唄や夜想曲のような優しい夜の音楽か、はたまたテンポによっては遠くから聞こえる凱歌のよう。少しずつ、隊列を組んで歩いてくる。和声を聴かせる主題、ブラームスはベートーヴェンのこういうところに惚れたのかしらと思い巡らせてみたり。煌めく音の変奏、ああ、シューマンはベートーヴェンのこういうところに……。
そして3楽章こそまさに「熱情」、過激な主観の表現。留まることを知らない16分音符の急流、かと思えばパウゼだったり、最後のプレストで急流は瀑布になったりと、冷静に考えると「何もそこまでしなくても……」と言いたくもなる。だが冷静にならないハートの音楽なのだ。客観になったら負けかもしれない。のめり込み、周囲が見えなくなるような主観の塊となって、ティーン・エイジャーのような感性を、初めて聴いたときに興奮したあの思い出を、熱い心を、音楽を通してぶつけ合うのだ。
やはり、いつまでもこの楽章で興奮できるだけのほとばしる熱いパトスを持ち続け、思い出を裏切ることなく、神話にもならず、永遠に生を燃やす少年でいたいものだ。


【参考】
Scionti, S., Essays on Artistic Piano Playing and Other Topics, University of North Texas Press, 1998.

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」・第14番「月光」・第23番「熱情」
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