ショスタコーヴィチ:ヴィオラ・ソナタ


グリンカ ヴィオラ・ソナタ ニ短調


このブログでは10年ぶりにグリンカについて取り上げる。10年前に書いたのはもちろん「ルスランとリュドミラ」序曲。そこでは自分で「ルスランとリュドミラのイメージが先行しているが、グリンカには甘美な曲もある」というようなことを書いてある。なるほど、そんなこと言えなくもないかも。ということで、せっかくなのでその甘美な曲を紹介しよう。
有名な「ルスランとリュドミラ」の作曲は1842年で、作曲家も脂の乗っている時期。今回取り上げる「ヴィオラ・ソナタ ニ短調」は1825年に作曲を開始し、完成したのは1828年、初期の作品であり、グリンカが21~24歳の頃だ。グリンカは鉄道局で秘書補佐として働いており、音楽史的にはちょうどベートーヴェンやシューベルトが亡くなり、メンデルスゾーンが「夏の夜の夢」を作曲し、青年ロベルト・シューマンがクララ・ヴィークにピアノを師事し出した、そんな時期の話である。
「近代ロシア音楽の父」の二つ名を持つグリンカだが、当時はまだその名を諸外国の楽壇に轟かす前であり、国内で作曲家として有名になりつつある頃だ。西欧諸国で音楽を学ぶのは1830年のイタリア留学までかなわず、手掛けたオーケストラ作品もごく僅かで、ほとんどが小品であった。家が裕福だった若きグリンカはジョン・フィールドからピアノを習ったり、また声楽も得意だったようで、歌曲の作曲もそうだが歌手としても活動したそうだ。


ヴィオラとピアノによる2楽章の作品で、15分ほど。3楽章にロンドが書かれる予定だったが結局完成されず、その主題は子どものためのピアノ作品(ポルカ)に転用された。後にヴィオラ奏者のワジム・ボリソフスキーが、100年以上サンクトペテルブルクの図書館に保存されていたスケッチを用いて3楽章を完成させている。
1楽章を聴き始めると、すぐにロマンティックなメロディに心奪われるだろう。さすが歌が得意なだけあって、さながらピアノ伴奏でロシア歌曲を聴いているかのようだ。ヴィオラの音域は人の声に最も近いとも言われるが、この音域が良い。
グリンカはピアノもヴィオラも弾けたそうで、無理なく楽器の良さを活かす音符の並びではないだろか。旋律と伴奏は節度を保っているものの、常に温もりと優しさに満ちており、輝くようなピアノと憂愁をたたえたヴィオラの歌はベストマッチしている。伴奏が三連符ならヴィオラは朗々と伸ばし、低音で落ち着いたヴィオラに高音でピアノが華やかに音を散らす、基本通りかもしれないが、単に出来のいい習作扱いするのはちょっともったいない。
2楽章はまるで暖炉にあたりながら人生を振り返るような、ノスタルジックで、じんわりと温まる音楽である。20代前半の作とは思い難いくらいだ。シューマンを彷彿とさせる。繊細さや緻密さはシューマンに劣るかもしれないが、滲み出るロマンは決して劣らないだろう。
まあ、それほど大騒ぎするほどの曲ではないかもしれない。構造も音楽展開もシンプルすぎるくらいだし、内容が濃いものとは言えない。しかし大騒ぎする曲ばかりでは疲れてしまう。このくらいがちょうど心に染み渡るときもあるのだ。


グリンカについては10年ぶりだが、ヴィオラ・ソナタについて書くのは実は初めてだった。ブラームスの名曲などもいずれ取り上げよう。こういう言い方すると素人っぽいかもしれないが、まあ僕はヴィオラについては素人なので許してほしいんだけども、グリンカのソナタを聴ても思うに、まるでヴァイオリンとチェロが交互に弾いているかのように錯覚する瞬間もある。ヴィオラ原理主義者には怒られそうだが、ある意味では最強のハイブリッドではないか。

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