ダ・モッタ 交響曲「祖国」作品13


ある程度のクラシック・ファンなら、カリンニコフの交響曲を初めて聴いたときの心のときめきを覚えているのではないだろうか。
今まで聴いてきた有名な作曲家の交響曲、モーツァルト、ベートーヴェン、ドヴォルザーク、チャイコフスキー……そういう超メジャー曲以外にも、こんなに素敵な曲があるのかと驚き、カリンニコフの曲に惚れた人は多いだろう。おかげでプロはもちろん、アマチュアオーケストラや学生オケでも頻繁に取り上げられるようになった。聴きたい人も弾きたい人も多いのだ。
今回取り上げるダ・モッタ(1868-1948)の交響曲「祖国」を初めて聴いた瞬間、冒頭の感動的なメロディーに心打たれ、カリンニコフに出会ったときと同じような喜びを感じた。まだまだ知らない名曲はあふれている。
ジョゼ・ヴィアナ・ダ・モッタはポルトガル領のサントメ島生まれ。幼い頃に両親と本土へ帰国しピアノを始めると、めきめきと頭角を現し、その腕前は王室の目に留まるほどだったそうだ。リスボンからベルリンへ留学しシャルヴェンカ兄弟に学び、今度はヴァイマールへ留学しリストに学び、フランクフルトのハンス・フォン・ビュローから学び、ピアニストとして華々しくデビュー。ブゾーニの演奏会ではプログラム・ノートを書いたこともある。1915年からジュネーヴ音楽院のピアノ科長として教鞭をとり、1919年からはリスボン国立音楽院の院長も務めた。ピアニスト、文筆家、作曲家、教師として幅広く活動した、ポルトガルを代表する音楽家だ。
作曲家としてのダ・モッタは、多くのピアノ作品を残したのはもちろん、管弦楽曲ではワーグナーやリストの影響を受けつつ、ポルトガルのナショナリズムも取り込んだ作風である。
キャリアの後半は作曲を止め、教育に力を入れていたが、20世紀初頭のモダンな音楽の台頭に嫌気がさしていたそうだ。逆に19世紀末のポルトガルでこれほど伝統的な作風の交響曲があったのかと、そっちの方が驚きである。いかに我々は偏った国の音楽しか聴いていないことか。
ピアノ作品が圧倒的に多いが、この交響曲はダ・モッタの最高傑作と言われている。


作曲は1894-95年頃。当時のポルトガルの情勢について記しておこう。1890年、ベルリン会議でヨーロッパ列強によるアフリカ分割は歴史的所有権ではなく実効支配を優先するとし、ポルトガルはアンゴラとモザンビークを結ぶアフリカ横断植民地の計画、通称「バラ色地図」を打ち出し、探検隊を派遣して実行占拠を進めていた。しかし、イギリスのケープタウンから北上するアフリカ縦断支配計画と衝突してしまい、あえなく大英帝国様に譲歩することとなる。このイギリスの最後通牒に怒ったポルトガル国民は、王政批判や反英運動で内乱を起こし、共和制への期待が高まってきた、という時代。
1891年から95年にかけて書かれたピアノ作品「5つのポルトガル狂詩曲」は、ポルトガルの伝統的な歌を用い、国王に献呈された作品である。ダ・モッタはこの頃から、独墺的な正統派クラシックから、ポルトガルらしさを音楽に込めていく。
そんな時期に作曲された「祖国」と名付けられた交響曲には、やはりそれなりの意味があろう。ベートーヴェンのような古典派交響曲のスタイルにならっているが、インスピレーションはポルトガル黄金時代を詠った叙事詩『ウズ・ルジアダス』で名高いポルトガル史上最大の詩人カモンイス(1524-1580)の詩によるそうだ。


4楽章構成で、演奏時間は50分ほど。ドヴォルザークやチャイコフスキーに匹敵する、なかなかの大作である。
特にチャイコフスキーの交響曲は、ダ・モッタが意識していたかどうか不明だが、かなり近い雰囲気を感じる。そういう理由もあるのか、録音についてはシルヴァ・ペレイラ指揮RDP響(ポルトガルの国立放送のオケ)が1978年にLPで出して以来、88年にマーティアス・アンタル指揮ハンガリー国立フィルという東欧組や、2005年にマリオ・マテウス指揮サンクトペテルブルク・フィルという「ポルトガル指揮者&ロシアのオケ」という組み合わせで録音されるなど、やはりこの曲に共感を抱く音楽家はどうも母国以外だと東寄りのようである。
最近のリリースは2015年、ポルトガルの大御所指揮者・作曲家のアルヴァロ・カッスートがロイヤル・リヴァプール・フィルと録音したナクソス盤が入手しやすく、演奏も素晴らしい。


第1楽章Allegro eroico、英雄的の指示通り、気分はもう『ウズ・ルジアダス』、大航海時代の幕開け、ここに地終わり海始まる、海賊王におれはなる!と言わんばかりの勇壮さで、堂々と征く音楽。3拍子のヒロイックでリリカルな旋律を朗々と歌う弦奏と、歯切れの良いリズムをざくざく弾く弦奏のバランスや、やたらとカッコいい金管の使い方など、チャイコフスキーを思い出すのは僕だけではないだろう。
第2楽章Adagio molto、美しい緩徐楽章には今度はドヴォルザーク顔負けのメロディーが現れる。ちなみにドヴォルザークの「新世界より」チャイコフスキーの「悲愴」は1893年の作で、実は作曲年もかなり近い。ダ・モッタもきっと聴いていただろう。ドヴォルザークの家路を彷彿とさせるが、これも故郷を思う音楽だ。ヴァイオリンのソロも聞き所。
第3楽章Vivace、ベートーヴェンにならったスケルツォ楽章だが、この楽しいリズムと旋律はなんだろう。僕も詳しくはないが、ポルトガルの歌がいくつか引用されているらしい。しかしオーケストレーションはどう考えても「くるみ割り人形」を思わせる。木管の響き、シンバルの音、テンポの巻き方やリットの仕方、コロコロ変わる楽想が実に愉快だ。
第4楽章Decadence – Fight – Resurgence、3つの部分に分かれてタイトルが付いており、「退廃、闘争、復活」と、交響曲のフィナーレらしい構成である。バスドラムと銅鑼の唸りにバス・クラリネットの低音、深い悲しみを感じる弦楽器、まるで悲愴交響曲の4楽章が始まったかのような暗さだ。ここでもヴァイオリン・ソロの美しさ。戦いの場面もチャイコフスキーの交響曲のような、感情の起伏の大きさを感じられるだろう。第1楽章の主題が回帰する。凱歌が奏でられる。ギアを変えて、どんどん盛り上がる。チャイ5かよ、といういツッコミはそろそろなしにしようかしら。何よりハッピーエンドなのが良いですね。このわかりやすいナショナリズム。大げさなくらいがちょうどいい。やっぱり交響曲っていいなあと思える。
スコアの入手経路さえ整えば、日本でもこれからたくさん演奏されるのではないだろうか。その日のためにぜひ一度聴いてみてください。カリンニコフに続けー!

Vianna da Motta: Symphony a Patria – Dona Ines de Castro Overture


Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック・ファンです。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、つまりひたすら聴くだけ。演奏することにはほぼ興味・情熱はありませんが、それでもときどきピアノを弾いたり、バンドでドラムを叩いたりシンセサイザーを演奏したり、あるいは作曲・編曲をしたりします。more

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