ライヒ ダニエル・ヴァリエーションズ:きっと受け入れてくれる

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Daniel Variations


ライヒ ダニエル・ヴァリエーションズ


10年以上ブログやっていて未登場の有名作曲家もいるが、ライヒはその1人である。ここで初登場、おめでとう。
本当に昔、クラシックにハマり始めた頃は、僕はいわゆる前衛を受け入れ難く感じていたため、ケージもライヒも、新ウィーン楽派とかも抵抗があった。ミニマル、偶然性、クラスターとか、無調とかね。
まあそういうのを毛嫌いする人もいたり、あるいは逆に無茶苦茶にハマってショパンとかを馬鹿にする人もいたり、誰にでもそんなちょっとした反抗期みたいな時期があったって良いでしょう?


今は何でも好き嫌いせず聴く大人になってしまった。ただ好き嫌いとは別に、ライヒに関しては、僕は高校大学と吹奏楽で打楽器をやっていたので求めずとも触れる機会はあり、アンサンブルのCDで「木片のための音楽」を聴いたり、同じサークルの仲間が「ナゴヤ・マリンバ」を弾いたり、「クラッピング・ミュージック」なら僕もやったことがある。多分、ライヒのこの曲をケロロ軍曹の着ぐるみを来て本番出た経験があるのは世界でも僕くらいなもんだろう。


今回取り上げる「ダニエル・ヴァリエーションズ」は2006年の作品で、2002年に9.11の真相を追ってパキスタンで取材中テロリストに捕まり斬首処刑されたアメリカ人記者、ダニエル・パールへのオマージュ作品。彼の遺した言葉と、旧約聖書のダニエル書をテキストにした、ヴォーカル付き大型アンサンブルである。
テーマは重いが聴こえる音そのものは重苦しいくはなく、むしろライヒ独特の美しさがある。他のライヒ作品と同様のあの音響を、具体的なストーリーと重ねるとこうなるのか、と発見があったのと同時に、やはり僕はこの曲で素直に感動してしまったというのも、ライヒ作品の中で最初に紹介しようと思った理由である。ちなみに僕はライヒの代表作であるディファレント・トレインズ(1989年にグラミー賞を受賞したホロコーストがテーマの作品)よりも先にダニエル・ヴァリエーションズを先に知って聴いたので、それも理由の一つだ。


編成はソプラノ2、テノール2、クラリネット2、バスドラム2、銅鑼、ヴィブラフォン4、ピアノ4、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロという大アンサンブル。ピアノが4台ステージにあるのはなかなか壮観だ。歌詞で4楽章に分けられているが続けて演奏され、30分ほどの演奏時間。
パール氏は音楽好きであり、自身もヴァイオリンを弾く方だったそうで、そういう意味で弦楽器のフィーチャーも大きいが、やはりこの曲はヴォーカルが肝だろう。テキストも英語だし短いので理解もしやすいし、主題を語る役割と同時にヴォカリーズ的な役割もある。
初演は2006年10月8日、ロンドンのバービカン・センターにて。ライヒ&ミュージシャンズ、指揮がブラッド・ルブマン、シナジー・ヴォーカルズが務めた。その後ニューヨーク、パリ、ポルトと周り、2006年11月14日のパリ シテ・ドゥ・ラ・ミュージックの公演録画は放送され、僕が今でも時々見るのはそれである。日本初演は2008年、某動画サイトに上がっているようだ。


第1楽章「私は夢を見た。私の寝床での想像と頭に浮かぶ幻影が、私を脅かした」(I saw a dream. Images upon my bed and visions in my head frightened me)、テキストはダニエル書4:5より。
第2楽章「私の名前はダニエル・パール(カリフォルニア州エンチーノ出身のユダヤ系アメリカ人)」(My name is Daniel Pearl (I’m a Jewish American from Encino, California))、パール氏が拉致され、公開されたビデオで氏が口に出した言葉である。
第3楽章「その夢が恐るべき敵に降りかかりますように」(Let the dream fall back on the dreaded)、テキストはダニエル書4:19より。
第4楽章「その日が終わったら、ガブリエルはきっと私の音楽を受け入れてくれる」(I sure hope Gabriel likes my music, when the day is done)、これは何なのか。


この最後の言葉についてパール氏の友人ジェニングス氏いわく、かつて彼がパール氏に「死後の世界を信じるか」と質問した際、 「わからない。答えはないし、問いだけがある」と答えた後、「でも、ガブリエルはきっと私の音楽を受け入れてくれる」と語ったそうだ。
パール氏の死後、音楽好きである彼のコレクションを見ていたジェニングス氏は、ドヴォルザークやリスト、マイルス・デイヴィスなどと並んで、スタッフ・スミス&ヒズ・オニクス・クラブ・オーケストラ(米のジャズ・ヴァイオリン奏者のアルバム)に出会う。自身もヴァイオリンを弾くパール氏の愛聴盤だったらしい。ジェニングス氏は、そのアルバムの中に“I Hope Gabriel Likes My Music”という曲があるのを知る。ジャズのレパートリーだ。


解説はこの曲のCDのライナーにある前島秀国氏のものがあれば十分なのだが、CD買うほどでもという人はCDジャーナルにライヒ来日時に行われた前島氏によるインタビュー記事があるのでどうぞ。
僕もネットで公開する日本語情報としては割と詳しく載せてみた方なので、あとは聴いてもらって……というとこなんだけど、もう少しだけこの曲を聴いた感想を書いておこうと思う。
正直ライヒについては、新しい音響を探るという挑戦には価値があると思うけども、音楽としては別に好みではないなと昔は感じていた。しかし考えを改め、こちらがどう音楽と対峙するかという姿勢も常に考えていかないとな、と思うようになってから、いわゆる現代音楽と呼ばれるものやロマン派以降の20世紀芸術音楽全般について、楽しめるようになった。
そういう意味でライヒはわかりやすくて面白かった。聴けばわかるから。聴いても解説読まないとさっぱりわからないものもあるしね。そして音そのものこそ音楽であるという、背景に人間の感情や時代精神を意識することのない音楽の楽しみも知った。
「フェイズ」や「木片」や「手拍子」で親しんできたライヒは、僕にとってそういう音楽の象徴だったのに、別にライヒの追っかけでもなんでもない僕が初めてこの曲を知ったときの「え、ライヒもこんなディープな時事ネタとか使った曲作るの?」という驚きを察していただきたい。
後で調べて、ライヒは徐々に自身のルーツであるユダヤであったり、宗教や社会問題などをテーマにして作曲するようになっていったのだと知ったわけだが、僕は、ライヒのコアなファンたちは最初はどういう反応だったんだろうな、なんて思った。というのは、ライヒを語りたがるやつら(語らないファンも多いでしょうが)はまあなんというか、とにかくスキあらばポストモダンや自分の知る限りの哲学とこれ見よがしに結びつけて語るのが好きでちょっと辟易するのだけど、こんなお涙頂戴ストーリー付き作品なんて出された日には、そういう連中はどう擁護(あるいは非難)するのかと。脱構築マンも脱力する作品でしょ。
いやいや、事実、泣けるのである。終盤に“Gabriel likes my music”が泣かせにかかる。どうして、非業の死を遂げた人物のこの発言、この発言、泣かずにいられようか! 演奏動画を見て欲しい、特に弦楽カルテット奏者たちの感極まる様は、歴史ある西洋芸術音楽が死ぬほど繰り返してきた人類の普遍的な営みである。聴いた後は言葉が出ない……いや、Dona nobis pacemとでもつぶやこうか。
ライヒの独特の音の世界に、こういう側面から意味を持たせることがこんなにも効果的なのか驚くとともに、やはりこれこそ芸術なのだ、音楽なのだ、ああ佐村河内は余計なことをしてくれた、嘘っぱちのストーリーのせいで本当に大切なものを汚してくれたものだ、9.11がもたらしたこの物語を音楽によって語ることがどれだけ尊いことか……そんな考えがモワモワと浮かんできた。


1楽章と3楽章は何調と何調を用いて全体としてはマイナーで、2楽章と4楽章はメジャーでヴァイオリンも活躍して、などといった解説はきっとどこかにあるだろうし、専門家におまかせしたい。ダニエル・パール氏については、映画『マイティ・ハート』もある。
それらも知ったらベターだけど、とりあえず聴く前に知っておいて欲しいことはこの文章の前半にまとめたので、ぜひ読んだ後、聴いていただきたい。

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