グリーグ ピアノ・ソナタ ホ短調:時に大事、オリジナリティ

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グリーグ ピアノ・ソナタ ホ短調 作品7

グリーグの曲についてブログを更新するのは2011年以来。なんと10年前である。でも好きな作曲家だ。昔から好きだが、今はよりいっそう好きになった。
最近、ベートーヴェンの皇帝を聴こうと思い、ロベルト・リーフリンク(p)、ガブリエル・フムラ指揮オスロ・フィルの1981年10月録音をチョイスして、その流れでリーフリンクの弾くバッハやグリーグも聴いた。リーフリンクはノルウェーのピアニスト。10代から演奏活動をし、ドイツに留学してカール・ライマー、ヴィルヘルム・ケンプ、エトヴィン・フィッシャーらに学んだ。北欧の音楽はもちろん、ドイツ古典も得意とし、明るい音色といい堅実な構造を組み立てる美学といい、素敵な演奏をするピアニストである。↓はリーフリンクの弾くグリーグのピアノ・ソナタ収録盤。

ドイツで学んだノルウェーの作曲家と言えば、今回取り上げるグリーグもそうだ。グリーグもまた10代の頃に才能を見込まれ、ライプツィヒ音楽院で3年半学び、1862年に卒業。帰国後はピアニスト・作曲家として活動し、1863年にデンマークのコペンハーゲンへ赴き作曲家ニルス・ゲーゼの下で研鑽を積んだ。ゲーゼはメンデルスゾーンと親交があり、ライプツィヒ音楽院で教師を務めたこともある音楽家だ。
グリーグの初期作品にあたる交響曲、ヴァイオリン・ソナタ第1番、そして今回紹介するピアノ・ソナタ(1865年作)は、このコペンハーゲン時代に作曲されている。当然のことながら、ドイツ音楽の影響が色濃い曲となった。有名なエピソードで、グリーグは同世代のノルウェーの作曲家スヴェンセンが作った民族的要素の強く現れた交響曲第1番(1871年初演)を聴き、ドイツ古典派の影響が色濃い自身の交響曲を恥じて封印してしまった、という話がある。グリーグの音楽から、いわゆる「北欧らしさ」のような芳しい民族風味を感じられるようになるのは、これ以降の創作においてである。

とは言え、ピアノ・ソナタなどに全く北欧らしさがないかというと、それはどうでしょう、実際に聴いてみて判断してもらいたいところだが、やはりどこかグリーグのオリジナリティが感じられ、北欧という地域性を見出すことも可能なように思う。ゲーゼの下で学んでいたコペンハーゲン時代に、グリーグはノルドロークという作曲家と出会う。ノルドロークは夭逝したノルウェーの作曲家で、非常に愛国心と民族要素が強い音楽を残しており、グリーグも影響を受けたとされる。
またデンマークの作曲家であるヨハン・ペーター・エミリウス・ハートマンの影響が旋法やリズムに表れているという指摘もある。1885年のハートマン80歳の誕生日に際しては、グリーグは「北欧の精神を真に感じている北欧の作曲家であれば、ハルトマンへの恩義を忘れることはできないだろう」と書いた。
以上は一例だが、専門的には様々な分析があり、単に「初期のドイツ風作品」と片付けられない魅力があるのは確かだ。だからこそ、マイナーな割にはそこそこ録音も多く存在しているのだろうし、かのグレン・グールドもこの曲を気に入って録音している(記事下にリンクあり)。
ピアノ・ソナタだけでなく初期作品全般においても、どこがどうドイツ的で、どこがどう北欧的なのか、わかる人は考えながら聴くのが楽しいだろうし、その辺がよくわからなくても、その辺の配分の微妙な塩梅でしか聴き得ない独特の雰囲気を味わうのも楽しい。グリーグの有名な作品、例えばペール・ギュントやホルベルク組曲、ピアノ協奏曲など、あるいは後期の歌曲や合唱曲などを聴き慣れた耳には、ちょっと新鮮に響くことだろう。あるいは逆に、初期作品の音の中で、後期の名曲の断片と思しきものに出会うこともある。それはそれでワクワクするものだ。

4楽章構成で、演奏時間は20分弱。グリーグは晩年のインタビューで、デンマークの田園風景や環境に刺激を受け、わずか11日間で完成させたと語っている。また、当時密かに婚約していたニーナへの愛もモチベーションだったそうだ。まあ、結婚するにはキャリアをきちんとしないといけない訳で、グリーグ自身のピアニスト・作曲家としての才能をアピールする意図もあったのかもしれない。なお「ピアノ・ソナタ」という点では、グリーグはベートーヴェンの初期ソナタを研究して作曲に臨んでいる。

第1楽章Allegro moderato、主題はEHGの音で始まるが、これはグリーグのイニシャルである。フルネームはエドヴァルド・ハーゲルップ・グリーグ(Edvard Hagerup Grieg)という。こういうのはショスタコーヴィチがよく使う手法だが、グリーグがこんな(こんなという言い方もどうかと思うが)小技を入れてくるとは……とちょっと驚くし、若い頃の曲なんだなあとしみじみ思う。が、しかし、よく考えてみればこういう手法はシューマンがよく使うし、冒頭のEHGという印象的な下降音形は、ゲーゼのピアノ・ソナタ(しかもホ短調のソナタである)の冒頭、HGEの下降音形のアナグラムでもある。脈々と流れるライプツィヒの系譜であり、若きグリーグの自己主張でもあると思うと味わい深い。感情の振れ幅の大きな楽想は、さながらグリーグの傑作ピアノ協奏曲を思わせる。
第2楽章Andante molto、ハ長調というのが良い。ホ短調から緩徐楽章で第6音のハ長調へ、というのはまさにベートーヴェンの初期ソナタ、第5番や第8番(悲愴)と同じである。民謡らしい旋律の美しさもあれば、意外なほどに変化に富み、興味深い。こういう曲想はグリーグのお手の物というイメージがあるが、やはり自由な小品と違って、ソナタの中に組み込まれた1つの楽章であるということが、また独特の形を生み出しているように思う。ちょっと言葉で説明するのは難しいのだけど……。
そのようなダイナミックな動きが楽しめるのは3楽章もそうだ。3楽章Alla menuetto, ma poco più lento、ノルウェーの音楽学者のダグ・シェルデラップ=エベは、この楽章が最もハルトマンの影響をよく反映していると言う。実際にハルトマンの当該作品を聴いたことがないのでわからないが、古いノルウェーの民謡の雰囲気をグリーグは取り入れたかったのだろう。
第4楽章Finale: Molto allegro、際立つリズムが生むエネルギーの高さ、速い音階や連続する和音で進む勇壮な音楽。ホ短調で、第二主題は属調でも平行調でもなく、ハ長調を選んでいる。しかし再現部ではホ長調を選ぶという、伝統と意外性と、両方の顔を持つ。このあたりも、ドイツと北欧と、という併存性ともリンクしているのではないか。パーシー・グレインジャーはこの曲をオーケストラ編曲しようとしていたそうだ。スケッチで終わってしまったそうだが、そうしたくなる気持ちもわかる。グリーグの交響曲と同様、作曲者自身はアイデンティティの存在を疑ってしまうかもしれないけれど、伝統への敬意と揺るぎないオリジナリティは存在する。


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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