【名盤への勧誘】シューベルト シューベルト 弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 D810「死と乙女」 ケラー弦楽四重奏団(1994年)

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シューベルト 弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 D810「死と乙女」
ケラー弦楽四重奏団(1994年)



Twitterの方で、シューベルトの命日(11月19日)にこの演奏について書いたのだが、どうしても文字数の制限などを気にして、やや消化不良気味な文章になってしまった。ということで、ここでのびのびと、書きたいことを書いておこう。


そもそもあまり演奏についてあれが良いこれが悪いと言うタイプではないのだけど(毎回書いてるなこれ)、特にこのシューベルトの弦楽四重奏曲第14番のように、好きな曲の場合は、あちこちで他人の書いた演奏評を見かけるわけで、今回はたまたま、レコード芸術の11月号と、BRUTUS11月号村上春樹特集と、その2つにおけるこの曲の演奏評を見かけたのが、これを書くきっかけである。演奏評というか、名盤チョイスであり、レコ芸の方は評論家先生が選んだもので、BRUTUSの方は村上春樹による選盤。どんなものが挙がっていたかというと、前者はキアロスクーロSQを第1位とし、モザイク、アルテミス、アロドと比較的新しい録音が続き、アルバン・ベルクSQが5位。往年のウィーン・コンツェルトハウスSQも入っていたが、やはり新しいものが多めである。先生方のご本心は知りようもないが、新しい音源を挙げないと音楽雑誌としての価値もないというか、まあ納得のチョイスである。一方の村上春樹の方は、さすがオールドレコードのコレクターなだけあってブッシュSQに始まり、コンツェルトハウス、アマデウス、メロス、ジュリアード、東京SQと古い演奏ばかり。まさに昭和の音楽爺さんと言ったところだ。


それぞれの雑誌の意図が見えるというか、個性のある録音の並びで良かったのだけども、こういうのを見ると自分の好きな演奏が「なぜ載らないのか」ということを考えることの方が楽しくなってきて、例えばウィーン四重奏団や、グァルネリ、コダーイ、ドーリック、リディアン、スメタナ……演奏内容なのか、レーベルなのか、色々と想像してみる。では、今回取り上げるケラー四重奏団はなぜ入らないのか。理由は知らないけど、演奏内容ではなく、そもそもこの録音の存在が知られていないのだと思う。有名所は有名な雑誌や選者にお任せして、せかっくなら、そういう一流誌には載らない音楽の話をしたい。


ケラー弦楽四重奏団はハンガリーのカルテットで、ブダペスト祝祭管弦楽団でコンサートマスターを務めたアンドラーシュ・ケラーにより1987年に結成。結成時のメンバーはケラーと、ヤーノシュ・ピルツ(vn)、ゾルターン・ガール(va)、オットー・ケルテス(vc)。1988年、ポーツマス国際弦楽四重奏コンクールでバルトーク賞を受賞すると、1990年にはエヴィアン・コンクールとパオロ・ボルチアーニ賞の両方で優勝。世にも名高いのはバルトークの録音で、1993,94年録音の弦楽四重奏曲全集は、好きな方も多いのではないだろうか。



今はメンバーを変えつつもケラーは健在で、積極的に活動中。録音もリリースしている。それについてはまた後で少し触れるが、今回取り上げるものも含め、オリジナルメンバーのケラー四重奏団の録音は豊富にある。シューベルトの「死と乙女」なら、ストリーミング配信などでも聴ける入手容易なHungaroton盤の1989年12月録音が知られている。これは14番と12番のカップリングで、柔和なふくよかな響きが美しい演奏だ。



それはそれで良いのだけども、実はその1989年録音の他に、もう一つ、1994年録音もある。上に最初に挙げたリンクのもので、こちらの演奏はポランスキー監督の映画『死と処女』(1994)のオリジナル・サウンドトラックに、ヴォイチェフ・キラールの音楽と合わせて収録されているもの。ネットショップで普通にシューベルトの死と乙女で検索しても、このカルテット演奏が収録されていることに気づかないことが多く、そもそもがクラシック音楽のカテゴリに置かれるCDではないので、存在すら知らないという音楽ファンも多いのではないかと思われる。


ポランスキー監督の映画『死と処女』の内容については割愛するが、映画の中で使われたシューベルトの14番はアマデウスSQの演奏であり、なぜサントラにはケラー四重奏団の録音が、しかもHungaroton盤(1989年録音)とは別の演奏が入ることになったのか……その辺の理由は不明ですが、スイスで録音されたと記されているのを見ると、サントラがEratoレーベルで、当時まさにスイスでEratoレーベルにバルトークの弦楽四重奏曲集をレコーディング中だったケラー四重奏団に白羽の矢が立ったのだろうか。確かに、ケラー四重奏団以前に、Eratoレーベルでシューベルトの死と乙女を出しているカルテットが他にあるかと言うと、ちょっとすぐに思い当たらない。権利上の都合もあって、レーベルが自前でレコーディングした方が良いという話になったのだろうか。あくまで推測だけど。


ただ、1989年のカルテット創設後まもない時期に録ったHungaroton盤と、いくつもコンクールで優勝してツアーも行い、国際的な名声も高まった後の1994年の録音ではまた一味違う。どんな演奏なのかを、饒舌に語る技術はあいにく僕は持ち合わせていないのが悔しいのだが、ただ聴いて思うのは、これは多分、人によっては凡庸に聴こえるかもしれないなあということだ。要は刺激的なタイプの演奏ではない。そして、得てしてそういうタイプの演奏は「つまらない」と断罪されがちである。刺激的なもの、尖ったものは、すぐに刺さるから面白さがわかりやすい。逆に低刺激なものは、すぐにその面白さがわからないものが多い。何度も聴いて、あるいは何ヶ月後、何年後に良さがわかったりすることもあるし、すぐに見てわかる「トゲ」がないので、どこがどうだと指摘しづらいのもある。こと現代においては、刺激の強い強炭酸みたいな録音も出てくるわけだが、このケラー四重奏団の演奏は弱炭酸どころが滑らかな無発泡の軟水のごとし。テンポもかなり遅めである。しかし緩んだ印象はない。これはアンサンブルが案外締めるところを締めているからなのか。強弱のコントラストも大きく、丁寧に歌い豊かに響く。良い音楽だ。


Eratoの録音が優秀なのも良い。Hungaroton盤は残響が多めで、それよりもずっと聴きやすい。何より、そのHungarotonの旧録音では、第1楽章の提示部の繰り返しがなかったのが、Eratoの新録音ではあるのが驚きだ。今でこそ「スコアに忠実」と念仏のように呟いては、ただただ考えなしに繰り返しをする録音は(シューベルトに限らず)多くなってきたけれども、基本的に古い録音ではリピートは省略される。諸説あるが、本来このリピートは録音のない時代に主題を印象づけるためだとか、2回目は即興をやるためだ、と言われている。録音が一般的になると放送やレコードの時間のために省略したとか、くどくなって飽きさせるのを防ぐために省略する伝統が生まれた、とも言われている。どちらが正解・不正解という類いのものではないと僕は認識しているが、繰り返すにしても省略するにしても、そこに意味はあるのかどうかというのが、個人的には気になるところ。繰り返しをする音楽家やその愛好家は言うだろう、「作曲家の意図通り」と。ただ、「楽譜通り」と「作曲家の意図通り」はそのままイコールではないはずだ。誰かシューベルトに「楽譜通りに弾いてください」と言われたのか?あるいは、楽譜通りでない演奏をシューベルトに聴かせて感想を教えてもらったのか?わかりようがないのだ。だからこそ、何の意味があって、どういう目的でリピートをする/しないのかが重要だと思うし、それがわかる演奏、いや、わかるとまでは言わなくても、推測できる音楽に出会えると嬉しい。


ケラー四重奏団がこれを録音した当時、つまり1990年前後の録音で該当部分をリピートしている演奏ももちろんある。全てを調べ尽くした訳ではないが、ハンガリーのケラー四重奏団の1994年録音の他にも、例えばコダーイ四重奏団(1991年録音)やターリヒ四重奏団(1989年)など、東欧のカルテットは繰り返しをすることが多いイメージがある。例えばウィーンのカルテットなら、昔から省略がデフォであり、飽きさせず美しく聴かせたいというか、シューベルトに一家言ある人たちらしいなとも思う。同様にハンガリーやチェコでも、カルテットのスタイルにおける伝統のようなものがあるのだろうなと、そんなものを感じることができる演奏なのだ、ケラー四重奏団の演奏は。もちろん、新旧録音で繰り返しの有無が違う理由にも確証はない。最初の録音では省略したけど、やっぱり2回目は東欧の演奏伝統に則って繰り返ししたのだ、なんて断定する気はさらさらない。しかし、ウィーンの、特にフィルハーモニカーのカルテットのような華やかさいうよりは、どちらかと言うと地味というか渋いというか、そんな言葉が似合う演奏には、繰り返しも合う。合うというか、必然のようにすら感じる。自分の中で、ケラー四重奏団の新録音に意味を見い出せるようになった。キラキラ輝く美しさに繰り返しは無粋だとカットする意義があるのと同様、繰り返すことに意義がある、「スコアに忠実」というのがバカの一つ覚えではなく、これはこれで追求する価値あるものなのだ、と納得させる演奏に思える。


新しいメンバーになったケラー四重奏団の録音も良い。シューベルトは聴いたことがないが、例えばリゲティの録音(2007年)などは、アルディッティSQの強靭な演奏と聴き比べてみて欲しい。なんとマイルドな音なんだろう。リゲティの音楽には、アルディッティSQのようなクリエイティビティと鋭い切れ味でしか出せない魅力もあるが、ケラー四重奏団のような自然な演奏によって描かれる美しさもあるのだ。アンドラーシュ・ケラーはもう60歳。ケラーはシャーンドル・ヴェーグに学んだそうだが、それも納得の音楽性に思う。そして、ケラー四重奏団の若きメンバーにも受け継がれているのだろう。ますますお元気で頑張って欲しいし、できればシューベルトの「死と乙女」をまた録音して欲しい。どんな演奏になるのだろうか。


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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