ヒナステラ パブロ・カザルスの主題による変奏曲:鳥たちは歌うのです、永遠に……

Spread the love


ヒナステラ パブロ・カザルスの主題による変奏曲 作品48


10年ぶりにヒナステラについて書いている。アルゼンチンにおけるクラシック音楽の作曲家として最も重要な人物のひとり、アルベルト・ヒナステラ(1916-1983)。彼の音楽は、今こそ何か書いておきたいと思う、そういう音楽の一つだ。なお10年前にブログに書いたのは彼のピアノ協奏曲第1番。こちらもぜひお読みください。


ヒナステラの生涯を少し紹介しておこう。1938年にブエノスアイレスの音楽院を卒業、1941年からは母校や軍学校で教授職を務めるも、ポピュリスト政治家のフアン・ペロンが力を増していくと、1945年に教授職を剥奪されてしまう。ペロン政権は反対勢力をすぐ強制収容所送りにするような独裁政権であり、またヒナステラも決して政権に従順なタイプではなく、芸術家仲間を守るために躊躇わず声を上げるタイプだったため、彼は国内では常に政治的な圧力を受けていた。
職を奪われたヒナステラは渡米し、コープランドに師事。共に音楽祭に参加して活躍し、国際的な評価も高まっていく。1947年、帰国したヒナステラは国立ラプラタ大学に勤務、そこに音楽院を設立する。しかし1952年、ペロン大統領夫人で国民的に人気のあった元女優エバ・ペロンが若くして亡くなると、ヒナステラが設立した音楽院にエバ・ペロンの名を付けようという政権の動きが大きくなっていく。ヒナステラはそれに反対し、またも職を辞することになる。
その後は初の渡欧や、ペロン政権の失脚、アルゼンチンへの帰国など、その辺りは少し省略するが、結局アルゼンチンの国内情勢は安定したものではなく、例えばアメリカで話題になった作品も母国では検閲で演奏禁止になるなど、そうした状況によりヒナステラは欧米で過ごす時間が増えていった。1971年、前の妻と別れチェロ奏者のアウローナ・ナトラと再婚し、ジュネーブへ移住。それから晩年はチェロのための作品を書くことが増え、1981年に妻が初演する作品のためにアルゼンチンを訪問したのが最後の母国への帰国、1983年にジュネーブで亡くなった。


さて、そこで今回取り上げるのが、「パブロ・カザルスの主題による変奏曲」。パブロ・カザルス(1876-1973)は言うまでもなく、スペインのカタルーニャに生まれた20世紀最大のチェリストである。そしてヒナステラの当時の妻アウローナは、カザルスの弟子だった。
ヒナステラ自身も、カザルスの芸術家としての精神――つまり音楽界のあらゆる事象に関心を持ち、音楽で自由と平和を訴え続けたカザルスの偉大さに惹かれていた。そこに惹かれるのも、先述した内容を鑑みれば当然のことだろう。またカザルスの方もヒナステラの作品を愛してくれていたそうで、さらにヒナステラが言うには、カタルーニャ州のシンボルである州花がレマダの花であることも理由のひとつだったそうだ。レマダの花(↓の画像)は日本ではあまりポピュラーではないが、カタルーニャ語で“ginesta”(スペイン語“ginestra”)と呼ばれる花である。ヒナステラ(Ginastera)がこういうところでもカタルーニャの英雄に特別な思いを抱いたと知って、なんだか少し可愛く思えてきた。

引用元:Wikimedia Commons

そんな経緯もあり、1976年、カザルスが創設したプエルトリコのカザルス音楽祭における、カザルス生誕100周年記念と、またアメリカ建国200年祭のプエルトリコ委員会との共同委嘱を受け、ヒナステラはこの曲をジュネーブで作曲した。日本語では通常「パブロ・カザルスの主題による変奏曲」と書かれるが、原題は“Glosses sobre temes de Pau Casals”、厳密にはバリエーションではない。Glosses、これはグロス、光沢という意味でもあり、また注釈、解説という意味もある。まあ普通に考えたら後者の意味だが、音楽を聴けば艶のある光沢というのも間違ってはいないと感じる。
ヒナステラは、カザルスがプエルトリコのサン・フアン(首都で音楽祭の会場の街である)の海岸で、日傘を差して海の向こうの水平線を眺めている姿が目に焼き付いていると語っている。カザルスの、謎めいていてお茶目で、詩的で、そしてどこかビターな遠い微笑みを見ると、カタルーニャを想っているとわかるのだ、とヒナステラは語る。北大西洋を挟んだ先には故郷がある。フランコ将軍による長期独裁政権が続くスペインだ。カザルスは反ファシズム・反フランコを貫き、内戦があればプラドへ避難しそこで音楽祭を主宰し、諸外国のフランコ政権容認に抗議して演奏活動を停止し指導に励み、長期政権に耐え兼ねて母と妻の故郷プエルトリコへ移住しそこで音楽祭を主宰し、終ぞスペインに帰ることはなかった、そういう男である……よし、これだけ書けば、今日初めてこの辺のことを知った人でも、ヒナステラのカザルスへの眼差しがどんなものだったか、共感してもらえるのではないだろうか。
カザルスのその想いを、カザルスの信じた音楽的なテーマを通して蘇らせたい、と。そう考えてヒナステラが作った音楽が、このカザルスの主題による註釈である。僕のこの文章が註釈の註釈になってもらえれば幸いだ。


元は弦楽五重奏と弦楽オーケストラという編成で、そちらは作品番号46。1976年6月14日にカザルス音楽祭で初演された。この編成による演奏の録音は数少ないが、クレメラータ・バルティカの演奏があるのでご参照ください(↓)。


この初演の演奏なのか、リハなのか、あるいは作曲中の話なのか定かではないが、弦楽編成(op.46)を聴いた指揮者・チェリストのムスティスラフ・ロストロポーヴィチから、ぜひフルオーケストラで世界初演をさせてほしいと依頼を受け、ヒナステラは快諾する。これも運命的でさえある。ロストロポーヴィチもまた20世紀を代表するチェリストの一人であり、そして彼もまた反体制の亡命音楽家だ。ロストロポーヴィチが反体制の物理学者サハロフや作家ソルジェニーツィンを擁護し当局から演奏活動停止を言い渡されたのが1970年。1974年にソ連を出て米国へ、1977年にワシントン・ナショナル交響楽団の音楽監督になった、ちょうどその時期にヒナステラが作曲していたのだ。
ヒナステラは1年間かけてオーケストレーションを増幅させ、1978年1月24日、ロストロポーヴィチ指揮ワシントン・ナショナル交響楽団で初演。
フルオーケストラで、イングリッシュホルンやEsクラリネット、バスクラリネット、コントラバスーン、ピッコロトランペット、ハープ、ピアノ、チェレスタ、オルガン、打楽器も40種類近く使用した、超大編成作品である。これが作品番号48として出版された。ヒナステラはよくバルトークと比較されるが、この曲のヴィルトゥオーゾ的な面や音響を鑑みても、これをヒナステラなりの「管弦楽のための協奏曲」と捉えることもできるだろう。

全5曲からなる組曲で、演奏時間は20分ほど。録音は多くはないが、配信等でも聴くことができる。どの曲にもカタルーニャ語の副題が付いている。


第1曲Introducció、先程も書いたカザルスが眺めていた海、カリブ海をイメージしている。見張り番の歌、花火、そしてモンセラットの聖母への賛美歌。モンセラットは黒い聖母で有名なカタルーニャの修道院のある地で、またそれにちなんでコロンブスがモンセラットと名付けた島がカリブ海にある。またカザルスは「モンセラットの聖母への祈り」という曲をはじめ聖歌を多く作曲しており、その聖歌の雰囲気がここで取り入れられている。また、ヒナステラの敬愛するドビュッシーとストラヴィンスキー、両者には「花火」という作品があるが、それも引用しており、種類豊富な管楽器と打楽器による彩り豊かな音色が広がる。それと対比をなすような美しいコラール。チェロのモノローグを経て切れ目なく第2曲Romançへ、ここでは「3つの愛の詩」が主題なのだろうか。繊細なポリフォニー。しかしその静寂は第3曲のSardanesが到来すると突如、大きな熱狂へと変わる。サルダーナとはカタルーニャの伝統的な踊りで、大人数で手を繋ぎ、輪を描いて踊る集団舞踊だ。休日にバルセロナの大聖堂前に集まって踊るというサルダーナは、地方のナショナリズムを高めるという理由でフランコ政権時代にはカタルーニャ語と共に禁止された文化の一つである。ヒナステラがここで、カザルスの故郷と自身の故郷を重ねているのは間違いないだろう。
第4曲Cant、ここで最も有名なカザルスの曲、「鳥の歌」が登場する。チェロの奏でる歌の裏で、管楽器と打楽器は非常に幻想的というか幻惑的というか、不思議な雰囲気を作り出す。鳥のさえずりと考えて良いと思うのだが、この鳥たちが至極元気が良いというか、南米のジャングルの鳥の歌というか……げにも強くピースピースと鳴く鳥たちよ。終曲である第5曲Conclusió delirant、狂乱的結論とでも訳せばいいのかしら、前曲とは打って変わって再び力強い熱狂に包まれる。ヒナステラいわく「全てが血と金、つまりカタルーニャの旗の色に照らされる」、荒々しく強い生命力を感じるサルダーナ。ヒナステラが、カタルーニャの巨匠の思いに、こうした形で一つの(妄想的な)結論を出したという点がまた興味深い。まるで未練を晴らしているかのようだ。
いうなれば、国家に翻弄された者たちの思いが受け継がれることで生み出された音楽だろう。祈り、愛、望郷の念に、怒りと悲しみ、平和の思いを乗せた歌、歌、歌……そして狂おしいほどに強い民族の誇りと、それを伝える不滅の魂がここにはある。こんな音楽を聴いてしまったら、僕だって伝えたくなるさ、この音楽家たちの誇りを、なおも崇高な魂を!


ここまで読んでくださった方、この文章はお役に立ちましたか?もしよろしければ、焼き芋のショパン、じゃなくて干し芋のリストを見ていただけますか?ブログ著者を応援してくださる方、まるでルドルフ大公のようなパトロンになってくださる方、なにとぞお恵みを……。匿名で送ることもできます。応援してくださった皆様、本当にありがとうございます。励みになります。

Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

にほんブログ村 クラシックブログへ にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ 
↑もっとちゃんとしたクラシック音楽鑑賞記事を読みたい方は上のリンクへどうぞ。たくさんありますよ。

Spread the love

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

*

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください