カプレ 幻想的な物語:Darkness and Decay and the Red Death

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カプレ ポーの『赤死病の仮面』によるハープと弦楽四重奏のための幻想的な物語

ドビュッシーが好きでよく聴くのだけど、そうすると必然的に多く目にすることになるのがビュッセルとカプレの名である。ビュッセルはドビュッシーの小組曲を、カプレは子供の領分を、それぞれオーケストラ用に編曲している。ドビュッシーのピアノ作品はとても美しいし、彼らによるオーケストラ編曲版もまた大変に美しい。↓の盤には両方とも収録。


アンリ・ビュッセル(1872-1973)については2011年にブログに書いている。「日本の歌による即興曲」という、パリ音楽院ハープ科の課題曲として1932年に作曲されたハープ独奏曲だ。
カプレはまだブログに書いたことがなかったので、せっかくだし同じハープ作品を紹介しよう。タイトルは少し長いが、ポーの『赤死病の仮面』によるハープと弦楽四重奏のための幻想的な物語、という曲だ。


100歳超えまで長生きしたビュッセルとは逆に、アンドレ・カプレ(1878-1925)は早世した作曲家である。12歳で劇場のオケでヴァイオリンを弾き、18歳でパリ音楽院へ。23歳ではローマ大賞も獲っており(この年の第3位がラヴェル)、その後イタリアやドイツで指揮を学ぶ。32歳から4年間ボストンの歌劇場で指揮者を務め、パリのオペラ座の指揮者に就任した直後、第一次世界大戦が勃発。兵役志願し戦場へ。従軍中に毒ガスを吸って神経を冒され、指揮を続けることが不可能になり作曲に専念。46歳で亡くなった。
多くの素晴らしい作品を残しながら、早世のせいもあってか現代でその名を聞くことはドビュッシーの編曲などごく限られた場面のみだった。近年は演奏も録音も増え始めている。


「幻想的な物語」はハープとオーケストラ、ないしハープと弦楽四重奏のための作品。ここで少し、当時のフランスのハープ事情に触れておこう。19世紀末に主流だったハープは、何十年も前にエラールが作製したダブルアクション・ハープ、これが現代のハープの原型である。近代になると曲が複雑さを増し、いちいちペダルを踏んで音を変えるのが大変だという不満が出て、そこでプレイエルが1896年にクロマチック・ハープを発表。弦を増やしたこのハープの普及のために、プレイエルがドビュッシーに依頼したのが「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」(1904)であり、エラールが対抗してラヴェルに依頼したのが「序奏とアレグロ」(1905)。はじめに書いた通り、結局はエラールの楽器が現代の原型となった。
という話は、有名なので知っている人も多いだろう。カプレの「幻想的な物語」も、元は1908年に作曲されたクロマチック・ハープとオーケストラのための交響的習作「伝説」というタイトルだった。これはクロマチック・ハープを用いて翌年初演され、1923年に室内楽向けに改作した際に「幻想的な物語」と改名した。弦楽四重奏と、エラールのペダル付きのハープのために編曲され、エラールのホールで初演。なお、カプレにはサクソフォンとオーケストラのための「伝説」という曲があるが、これは全く別の曲である。

タイトルにある通り、エドガー・アラン・ポーの小説、『赤死病の仮面』をモチーフにした音楽。16,17分の長さで単一楽章。楽譜にはどのシーンを描いているか、本文が書き記されている。小説の概要は以下、Wikipediaから引用した。

『赤死病の仮面』(せきしびょうのかめん、”The Masque of the Red Death”)は、1842年に発表されたエドガー・アラン・ポーの短編小説。国内に「赤死病」が蔓延する中、病を逃れて臣下とともに城砦に閉じこもり饗宴に耽る王に、不意に現れた謎めいた仮面の人物によって死がもたらされるまでを描いたゴシック風の恐怖小説である。



カプレはこの小説を音楽で巧みに表現している。よって、聴く前に必ずポーの小説を読んでおくことをおすすめする。最低でもあらすじには目を通していただきたい。カプレの描写力はR・シュトラウスやリムスキー=コルサコフ顔負けだとわかるだろう。カプレどうこうは関係なく、この疫病化で顧みられる機会も増えた小説なので、知らない方はぜひ。
ホラー物語とハープ、一見すると不思議な組み合わせだが、聴けば想像以上に合うと感じるだろう。こういう劇的な内容で、ハープがメインの音楽とは合うのかなと思ったりもしたが、何も長閑で牧歌的なのだけがハープの良さではないと訴えてくるような。ポーの小説の、耽美で退廃的で、まさに幻想的な雰囲気にハープがよく合うのだ。この曲のCDで、クリムトのベートーヴェン・フリーズの一部をジャケットにしたCDもあったが、それもわかる気がする。

入れ代わり立ち代わり聞こえてくる音色の豊富さ、低音から高音まで幅広く奏でられ、和声とリズムも複雑に構築され、カルテットも負けじと縦横無尽に活躍する。ハープの打楽器的な使用も、あまりに描写性が強すぎて逆におもしろい。カプレの凄まじい楽才が溢れんばかりに現れているとわかるはずだ。
音楽学者アラン・ポワティエは、この曲を「カプレの最高傑作の一つであると同時に、この時代のフランスの最も独創的な作品の一つ」と評している。僕もそう思う。ドビュッシーもラヴェルもすごいけど、こんなハープ作品があったなんて、と驚いた。録音もたくさんあるので、ぜひ近代フランス音楽ファンには聴いてほしい。ちなみに、ポーのファンには、カプレのこの曲と、ルニエ作曲のエドガー・アラン・ポーの「告げ口心臓」による幻想的バラードというハープ作品をカップリングしたCDや、あるいはドビュッシーによる歌劇「アッシャー家の崩壊」、フローラン・シュミットの管弦楽曲「幽霊屋敷」とのカップリングのCDもあるので、そちらもおすすめ。ポーの作品を主題にしたクラシック音楽作品も結構な数があるので、またの機会に取り上げよう。

カプレの戦争体験と病とが、ポーの小説の内容も相まって、この曲の改作のきっかけになっているだろう、といった記述も見かけたが、真偽は不明だ。それはともかくとして、こうした疫病の流行を経験して聴くと、こちらも思うところがあるというか、中々考えさせられる。ポーの小説はもちろん、カプレの音楽が素晴らしいからなのは言うまでもない。


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