スコット コーンウォール地方のボートの歌:「クラシック音楽入門」とは

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スコット コーンウォール地方のボートの歌


最近Twitterで「年に200杯ラーメン食べるラーメン通が選ぶ究極の○杯みたいなのは、年に200杯も食べる人は一般人と感性が違うかもしれないと思っておかないと」という話を見かけて、なんかちょっと、わかるなあと納得してしまった。
僕は年がら年中クラシック音楽ばかり聴いている変人だという自覚があるので、自分の感性が一般人とは合わないだろうなとは思う。だから「クラシック初心者なんですけど、何を聴いたらいいですか」のような問いに対して、正直な話、なんと答えたらいいかわからない。
今の僕が良いと感じる音楽を教えてあげることはできるし、そういうことをブログやTwitterでやっている訳だけど、それをそのままクラシック初心者に提案しても受け入れてもらえる自信はない。自信がないし、同時に「いやー、初心者にわからんでしょ、この魅力は……」というよう諦めもある。別に鼻にかけている訳ではないが、長年聴いてきた結果ある部分は研ぎ澄まされ、またある部分は鈍ってしまったであろう自分の感性を、まだ何も知らない初々しい人の感性と同じだとは、良くも悪くも思えないのだ。
なので、クラシック音楽を聴きたいという初心者の人には「図書館で適当に選んで聴いてみたらどうですか?無料だし」と答えたり、また最近なら「多分You Tubeにそういう初心者向きセレクションとかあるんじゃないんですかね」とお茶を濁したりしている。


それでも、「入門ならこれ!」と確信を持っている返答も無くはない。それは「短い曲から聴いたら良いよ」というアドバイスだ。クラシック音楽以外のほとんどの聴き慣れた音楽はクラシックより短いし、長い曲をいきなり聴いていきなりハマるようなヤバい人は特に手引の必要がないタイプだろう。よって「短い曲」をすすめる。これが僕の、長年クラシック音楽を聴いてきて得られた真理である。まあ長年聴いて、この程度の答えしか出ないって、情けない気持ちもあるが……。


さて、本題に入ろう。今回は「イギリスのドビュッシー」の異名を持つ、シリル・スコット(1879-1970)の作品を紹介したい。
シリル・スコットはイギリスのマージーサイド、オクストン出身の作曲家。父は海運業を営み、また古代ギリシャの研究家でもあった。裕福で芸術への理解もある家庭で育ち、12歳でフランクフルトにあるホッホ音楽院に進学。当時そこで学んでいた英語話者の作曲家集団を「フランクフルト・グループ」や「フランクフルト・ギャング」と呼び、スコットのほかバルフォア・ガーディナー、ノーマン・オニール、ロジャー・クィルター、またパーシー・グレインジャーとフレデリック・セプティマス・ケリーが含まれる。特にグレインジャーとはピアノを通じて親しかったようだ。
スコットは多作家で、初期はモダニストだったが、徐々に穏和な作風になり、晩年になるにつれ評価も小さくなっていった。死後は忘れられていたが、近年再評価されてきている。
「イギリスのドビュッシー」の二つ名の通り、印象派が好きな人はグッと来る音楽かもしれない。この二つ名は当時の出版社が売るために付けただけのようだが、今でも結構インパクトあるし、そこかしこで見かける文句だし、ドビュッシーの名前に釣られて聴いた人やあるいは聴いてみたいって人は多いだろう。僕もそれに釣られて聴いた一人である。
しかし、ドビュッシーが多くの人に愛されるのに対し、スコットが大して有名にならないのは、おそらく聴いた人が「思ってたのと違う……」と落胆するパターンも多いからではないかと推察している。僕も、ドビュッシーを例に出すのは、まあわかるんだけど、なーんか違うんだよなあ、とぼやきたくなる。とはいえ、万人受けはしなくとも、好きな人はとことんハマってしまう音楽なのは間違いない。


そういう意味でも、お試し感覚で「コーンウォール地方のボートの歌」を聴いてみてほしいのだ。ピアノ三重奏(ピアノ、ヴァイオリン、チェロ)のための作品で、3分ほどの短い曲。スコットにしては珍しい民謡調の曲で、聴きやすい方だろう。それでいて、「スコットらしさ」もしっかりと感じられる。
コーンウォールはイングランド南西端に位置する土地で、独特の文化や帰属意識を持った場所、らしい。港町の漁師たちが結成した舟歌バンドの実話を元にした映画「フィッシャーマンズ・ソング コーンウォールから愛をこめて」の舞台でもある。これはスコットの「コーンウォール地方のボートの歌」(Cornish Boat Song)と近いテーマだ。


スコットの曲で用いられているのは実際の民謡ではなく、民謡風の創作主題だと指摘されており、確かに先の映画でも登場する舟歌バンドの民謡とはあまり近いものを感じない。逆に言えば、土地勘の無い僕のような異国のリスナーでもフラットに聴けるのかもしれない。ある土地の音楽、というよりは、もっと幻想的な音楽である。ディーリアスの音楽をも彷彿とさせる。
まるでヴァイオリンが歌う優しいメロディを、ゆらゆらと揺れる舟の上で聴いているようだ。静かな波に揺れる様子は、リズムだけでなく、ちょっと不可思議な和音もその雰囲気作りに一役買っている。縦横斜めの三次元的な空間の揺れに、四次元的な時間の揺らぎが加わる。チェロの対旋律も、どこか噛み合わないまま、聴いている人を運んでいく。この噛み合わないのが良い。舟と海、これは合うようでいて合わない、そういうものかもしれない。人と自然。ピアノのおぼろげな光がうつすのは、ただそこにあるもの、それでいて、本当はそこにないもの……。
短い曲ながらも、幽玄というか、どこか不思議な世界観がわかるだろう。現実のようでいて、非現実のようでもある、これは確かに「音楽」の魅力だ。
こんなに良い曲なのに録音はこの記事内で紹介しているCHANDOSのものしかない。ちなみにこのCDのジャケットは、スコットの生地オクストン(リヴァプール近郊)にちなんで、リヴァプール湾に入るマージー川の河口、ニューブライトンのフォート・パーチ・ロックの写真である。海と川の交じる場所、そして時間は早朝、つまり夜と朝の境目……その辺もスコット好きに寄せてくれた、大変に好感が持てるジャケットである。
スコットの音楽入門としても、またクラシック音楽入門としても、こんな曲から始めてみるのも良いかもしれない。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、あるいはショパンやチャイコフスキーなど、そういう有名所を勧める記事は世の中にあふれているだろうから。こんな意味のわからない曲を、ぜひ、僕の文章を読んでから聴いてもらえたら嬉しいなあ。3分で終わるから。3分だけ。聴いてみてビビッと来たら、もっと色々聴いてみてほしい。そして、ちっとも感性に響かなかったクラシック初心者の方は、仕方ないので前回紹介したモーツァルトのディヴェルティメントを聴いてください。こちらもスコットの曲と同じ3つの楽器を使用した音楽。でもモーツァルトはやっぱり有無を言わさぬ「クラシック音楽らしい」クラシック音楽である。


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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