ベートーヴェン:弦楽四重奏曲作品59 「ラズモフスキー」


ウィーン・ニコライ弦楽四重奏団というカルテットがあるそうです。知りませんでした。ヴィルフリート・ヘーデンボルク・和樹(Vn1)、ベンジャミン・モリソン(Vn2)、ゲルハルト・マルシュナー(Va)、ベルンハルト・直樹・ヘーデンボルク(Vc)の4人という、ウィーン・フィルのメンバーによるカルテットだそうです。勉強になりました。


【ウィーン・ニコライ弦楽四重奏団 来日公演】
(2018年10月14日、ミューザ川崎シンフォニーホール)


ハイドン:弦楽四重奏曲第77番 ハ長調「皇帝」
モーツァルト:弦楽四重奏曲第15番 ニ長調
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第8番「ラズモフスキー第2番」ホ短調
 アンコール モーツァルト:弦楽四重奏曲第14番「春」より第4楽章


さて、このコンサート、一体どういうお客さん向けなんでしょうか。今年のニューイヤーコンサートのNHK放送を見た人は、直樹さんが出ていましたので、それで知ってる人が来るのでしょうか。それともポスターでもホームページでも「ウィーン」を強調していますが、音楽の都ウィーンの名前で釣れる有閑老人が来るのでしょうか。いやだって、ミューザのHPでも“ミューザ川崎ホリデーアフタヌーンコンサート2018後期「ウィーンのカルテット」ウィーン・ニコライ弦楽四重奏団”って表記なんですよ(笑) この名前でウィーンのカルテットでなかったら逆にビビるわ! ともあれ、ウィーンを冠する団体のコンサートでは、聴衆のマナーなどにおいてそれなりの覚悟を要することは承知していますので、心して臨みました。ちなみに僕はなんで聴きに来たのかというと、たまたまこの日この時間が行けたというのと、カルテットが好きだからです。もう少し遅くまで空いていればブロムシュテット/N響も聴きたかったんですが。


しかし実際聴いて、ウィーンの名前だけだけで釣る悪徳業者のようなコンサート(言い方悪いですね笑)ではなく、真に素晴らしいカルテットだと思いました。ヴィルフリート・ヘーデンボルク・和樹さんはヒンク氏に師事したんですね、めっちゃ納得です。そういう感じのカルテットです。2012年活動開始、今年CDアルバムデビュー、今回が初来日。なるほど。


ハイドンの皇帝は少し固いかなあとも思いましたが、まあ肩慣らしでしょう。音色は美しいですね。2楽章の各ソロもお見事でした。モーツァルトも、美麗な音色のみで特に変哲のない演奏だなあと思いつつ聴いていたら、急に軽くエッジを利かせた3楽章に「お、こういう弾き方もするんですね!」とウキウキ。からの、柔和でオーソドックスなウィーンらしいの4楽章演奏、からの、終わり方がサラリと洒脱、ブラボーですね。まあまあ、こんな感じなんだなー、ふーん、なんて思っていましたが、休憩後が本番でしたね。


休憩明けての後半はベートーヴェンのラズモフスキー2番、これはすごい。さっきまでのはハイドンとモーツァルトはいったい何だったのか。演奏後に直樹さんがコメントしていましたが、ラズモフスキーセットはこの度新発売のアルバム収録曲なんですね。さすが弾き込みが違うんでしょう、思い入れもあるとのことで、いかにもウィーンの(というと怒られそうなので、フィルハーモニカーの)カルテットらしい、もっと言えば師匠ヒンクのカルテットっぽい演奏ですね。「ベートーヴェンの上澄み」「ベートーヴェンの上っ面」とでも言ったら良さそうな、良い意味で脱力した、気の抜けたベートーヴェン。こういうの期待してたんですよ。大満足です。


いや、何て言うんですかね、別に気が抜けた訳ではないんですよ。そりゃグッと足を踏み込んで気合い入れて弾く瞬間だってありますし、御本人方は真剣勝負そのものでしょうが、そういうことではなくて。ベートーヴェンと言えば重くて倍音の多い深い音色でグイグイゴシゴシ弾くの多いじゃないですか。それが、シリアスな場面でもなぜかあの嫌らしいハイピッチの気取った音色でスイスイ弾くんですよね。僕はヒンクのカルテットでラズモフスキー1番の録音を初めて聴いたときの無上の喜びを今でも覚えていますが、そういう感じの、柔らかいベートーヴェンで、嬉しくなりました。そういのも好きなんですよね。本当に。


アンコールはモーツァルトの春の4楽章。アンコールの前に直樹さんがこの度初来日だという挨拶と、明日からアルバムが一般販売になることの宣伝と会場で売ってますよの宣伝。メンバーに日本語が堪能な人がいると良いですね(笑)


心配していた客層もそこまで言うに及ばず、左隣席のいびきと右隣席のお腹の音と、やたら多い会場の咳き込みにはウンザリしましたが、危惧していた「ウィーン」に釣られて来ただけであろう人の中にありがちなマナーの悪い人には当たりませんでした。というか、この人たち本当は「ニコライ弦楽四重奏団」だけなんでしょう。枕詞の「ウィーン」は興行上のアレなんでしょうね。まあまあ、それがあるおかげでお客が入って、来日公演が増えるというなら、多少客層が悪くなろうが、聴けないよりマシなので我慢できます。


フィルハーモニカーのコンマスがやるカルテットと違って、1stVnのカリスマに頼る分量がそこまで大きくないというか、4者のパワーバランスが良いのも特徴ですね。まあ、世の中そういうカルテットはもうごまんとある訳で、そうするとニコライカルテットのアイデンティティはなんぞやと、しかし1stが引っ張るだけのカルテットは時代遅れでしょうしね。でも、ドイツ・オーストリアの古典派弦楽四重奏曲は1stありきで作曲されていますし、その辺が僕がウィーン・フィルによるカルテットを好んでいる理由でもあるんですが、やはりその辺のハイブリッドな感じも21世紀のウィーン・フィル・カルテットということで、良いんじゃないでしょうか。強引にまとめたぞ。しかしあのラズモフスキーはかなり好みなので、大満足です。もうヒンクのカルテットは、ギトリスとかそういう部類に入ってしまいましたからね……。

ウィーンの弦楽四重奏団200年史―弦楽四重奏の魅力にとりつかれた演奏家たち
幸松 肇
クヮルテットハウスジャパン
売り上げランキング: 1,059,335