Fantasy / Etudes Symphoniques / Piano Sonata No 2


4月に聴いたアンドレ・ラプラントは40年振りの来日ということでしたが、今回のマルク=アンドレ・アムランは12年振りだそうです。何年か前に、友人に「アムラン来日したら行きましょう」なんて話をしていて、ついに来日ということで、嬉々としてチケットを取った次第です。お互いその頃とは色々と状況も変わっていますが、無事に行けて良かったですね。


【マルク=アンドレ・アムラン ピアノ・リサイタル】
(2018年6月25日、武蔵野市民文化会館小ホール)


バッハ(ブゾー二編):シャコンヌ ニ短調 BWV1004
フェインベルク:ソナタ第3番 Op.3
シューマン:幻想曲 Op.17


アンコール
ウィリアム・ボルコム:グレイスフル・ゴースト・ラグ
ラフマニノフ:前奏曲作品32-12
ツェルニー:50番練習曲作品740-4
ドビュッシー:妖精はよい踊り子(前奏曲集第2巻)


本当に、言葉が出ないですね。よってブログも更新できませんよこれは。更新したけど。兎にも角にも、上手い。知ってましたが、上手いですね。上手過ぎて、上手いって言うのも憚られます。こんなにも、語る必要性を感じないコンサートも珍しい。ですので、アムランの魅力を本当に感じたい人は、以下読まなくて結構ですので、聴いて欲しいですね。


それでも書くのはもう意地だけですよ(笑) そもそもシャコンヌが1曲めというプログラム、攻め攻め。しかも左手がアルペジオにならない、すごい。もう、どんどん構築されていく音響をただただ浴びる、贅沢な時間でした。そう言えばなぜか今年はバッハのピアノに恵まれていて、1月にガヴリリュクのイタリア協奏曲3月にアンデルジェフスキのイギリス組曲4月にリフシッツが協奏曲ラプラントがアンコールにブゾーニ編のアダージョ。それらとは一線を画する曲であるブゾーニ編曲のバッハ「シャコンヌ」、この曲はもはやその原典的バッハから程遠く離れているような音楽でありながら、多くのピアニストを魅了してやまない悪魔のような曲です。ですが、もはやアムランほどのヴィルトゥオーゾにとっては逆に、技巧的なパッセージでピアニズムへの挑戦をするものではなくて、厳粛なバッハ音楽を正統的アプローチで弾くのと遜色ないんですよね。こういう演奏をされると、ブゾーニ編曲に対する冒涜だというクレームを言うピアノの先生方も黙ってしまうんじゃないでしょうか。アムランくらい地のテクがあれば、もはやオッシアを弾くという選択肢など不要なのではと思ってしまいました。


というほどの凄腕演奏の後に、そんなシャコンヌの余韻も消し飛ぶようなフェインベルクのソナタ3番。すごかった。なぜあの音の密集で旋律が鳴るのか、意味がわからん。やばい。まず曲がやばいのはそうなのだが、この難曲の第3楽章の、音の洪水のような中でしっかりとメロディーを歌わせる演奏に、もうひたすら聞き入るのみ。それだけ。ちょっとこの曲の持つ意味や特性などについてどうこう考えている余裕はありませんね。圧倒されました。


そんなモンスターマシンが、案外繊細でロマン的なシューマンを弾くこのギャップ。アクセントをずらしたパッセージなんかは、多少凸凹した弾き方の方がシューマンらしいという感覚も持てなくはないのですが、それを速く弾いても潰れることもなければ、むしろ旋律が豊かになり詩情が伝わる、すごい演奏ですね。これもまたシューマンのピアニズムの極みです。2楽章の終わりでも随分と音を残して、そのまま3楽章へ入る、この演出。これが生で聴くロマン派幻想曲の愉悦ですよ。3楽章の旋律の絶妙なアゴーギクは歌曲みたいでした。そういうシューマンはどうでしょう。あの化物ソナタを弾いた後とは到底思えませんが、冷静に考えればかなりお手本通りのロマンティシズムですね。幻想曲は肌に合わなかったというSNSの書き込みもあり、そいういう人がいるのも確かにわからなくはないんですね。正直2楽章の冒頭のmfをあの音量で始めたときは「デリカシーないな」と評することもできるでしょう。僕も実際、おいおいこのままだとfffになったらどうすんだよと思いましたし、他にもちょいちょい疑問点に思うところは無くはなかったです。ま、それはそれとして、圧倒される説得力の方が大きかったです。2楽章はあんな忠実なviel bewegterってのもなかなか聴けるもんじゃないですし、3楽章は入りいいと歌い方いい、特にetwas bewegterのとこ、完全に持っていかれました。


アンコールもファンが喜ぶチョイス。サイン会も並びました。握手して、手が案外柔らかいことに、一緒に行った友人と驚いていました。友人の方は会場で先行販売されゴドフスキー編曲の埴生の宿の楽譜を買ってサインをもらっていました。アムランが前書きを書いているんですね。いやあ、満足度の高いコンサートでした。あと一応、上手い上手いマシンだなんだと連呼していますが、もちろん、ミスはありましたよ。どの曲でも(フェインベルクはミスなのかどうかよくわかりません)。しかし、上手いというのはそういう次元の話ではないですから。テクニカルな上手さはミスを減らしますが、ミスが少ない演奏が上手い訳ではないです。正確な演奏かどうかではなく、どう表現するかです。僕が言っている上手いというのはそういう意味です。

Concerto for Solo Piano Op 39

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