スッペ:序曲集


シャルル・デュトワ指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演に行って来ました。6月27日、サントリーホールにて。プログラムは以下の通り。


メンデルスゾーン: 序曲「フィンガルの洞窟」op.26
ショパン: ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 op.11(ピアノ:ユジャ・ワン)
ドビュッシー: 海
ラヴェル: バレエ「ダフニスとクロエ」第2組曲


僕は以前に吹奏楽団で海をやったことがあるし、奥さんも高校生のときに吹奏楽部でダフクロをやったことがあるというので、思い出の曲が多いこのプログラムの公演を選びました。客席に高校生くらいの若い女の子がたくさんいるなあと感じたのは、やはりダフクロがプログラムにあるからなんでしょうか。ドビュッシーの海は、近年の吹奏楽では流行らないでしょうが、ダフクロはまだまだ吹奏楽では定番なんでしょうね。休憩中にオーケストラ裏側の席から舞台をのぞきこんでいた子たちもいました。


1曲目のメンデルスゾーンは、今回の演奏会で言えば本当に挨拶代わり、名刺代わりのような選曲だと思います。デュトワも、ロイヤル・フィルも、そしてメンデルスゾーンも、とても美しい音楽をする一方、よく「深みがない」とか「精神性に欠ける」とか言われています。そんな共通点(?)のあるデュトワ/ロイヤル・フィルのメンデルスゾーン「フィンガルの洞窟」は、オーケストラの標準レパートリーという呼び名を汚すことのない、まことに標準的な「ザ・オーケストラ」な演奏。これをオーケストラサウンドと言わずして何と言う。各パート毎の音色の組み合わせ・重なりを十二分に活かして魅力的な音響効果を作り出す、デュトワの得意技がはっきりと現れていました。


2曲目、ショパンのピアノ協奏曲第1番、この曲は僕もとてもお気に入りなので大変心待ちにしていましたが、まずソリストのユジャ・ワンが奇抜な赤い衣装で登場し、僕は内心不穏に。ユジャ・ワンのピアノは徐々にその衣装のように暴れていきましたが、オケの伴奏は美しい。1曲目を終えてエンジンもかかってきたのでしょうか、特に冒頭なんかは、名盤デュトワ/スイス・ロマンド管の同曲の録音が生演奏になって生き返ったかのような気さえしました。2楽章の最後の音の響き、音の処理の仕方、見事なものですね……こんな音楽が出来たら良いのになあ、なんて思いながらその空気に浸っていました。3楽章はユジャ・ワンが暴れすぎてもうショパンじゃないような気がしましたが、まあこれがアジア流のショパン的パッションなのか、とひとりで納得して満足しました。ユジャ・ワンは演奏後、相当疲れきっていたようで、何度もカーテンコールされていましたが、アンコールはなし。もう弾けそうにないのに何度も何度も呼ばれて、見てて辛そうでした(笑)


ドビュッシーの海は、デュトワ/モントリオール響という絶妙な録音があるため、期待も膨らみます。この録音は、どのパートの音も決して必要以上に飛び出てくることなく、それでいて色彩豊かな描写音楽を構築しているのですから、それはそれはデュトワの妙技だと思うのですが、今回はライブですので、各楽器の音色がいっそうクリアになり、またオーケストラも前半2曲よりずっと調和して存在感を大きくし、生きた大自然の海を思わせるような演奏を聴かせてくれました。特に第3曲はテンションも上がってきて、管楽器もブイブイ。楽しいですね。最後の方でノリすぎたトランペットがトチってましたが、それも含めて、熱演だったと思います。銅鑼やグロッケンの音もすごく生きていました。


ダフクロについては特に言うこともないほど、最後になってオーケストラが本領を発揮していました。フルートも上手い! ドビュッシーでもそうですが、ロイヤル・フィルの編成が予想以上に大きく、そのお陰もあってか、打楽器陣が自重しない音量で鳴らしてくれていたので、特に打楽器の活躍する後半2曲は、オーケストラを聴く楽しみのひとつであるスケール感を満喫することができました。僕の好みを言えば、タンバリンはもっとベルの鳴りがきめ細やかなものが好きなのですが、まあそれはともかく、席も真ん中前方の非常に良い席だったので、今回のような音色・音響に磨きのかかったオケの魅力は余すところなく楽しめたと思います。これはダフクロを目当てで来た中高生たちも満足しただろうなあ……。奥さんもダフクロは特に楽しんで聴いていてくれた様子。アンコールはベルリオーズのラコッツィ行進曲でした。良いプログラムですね。


音が綺麗で、迫力がどーんとあるだけど、中身の無い演奏という風に感じる人もいるのでしょうが、幻想交響曲ならともかくこのプログラムをしかもロイヤル・フィルがやるのにデュトワの音楽は「中身がない」とか「音だけ」と言ってしまうのは、このプログラムに深みを求めるという、ちょっと酷な注文ではないかと思いますね(笑) そういう方はワーグナーに始まりブルックナーとマーラーを聴けば良いのであって、ドビュッシーとラヴェルに彼らと同質のような音楽の「中身」を求めるのは無意味でしょうし。先日の演奏評で「デュトワの音楽は旧き良き何かとつながっている。でも、世界は変容しているのだ。大野さんの戦争レクイエム、テミルカーノフの春の祭典、ザンデルリンクのベト7…みんな「変容」をとらえているのだ。音楽的次元の快楽に充足していないのだ。十字架を背負うことをしているのだ。」というものを読んで、僕は確かにその通りだと思ってしまいました。もちろん、これはクラシック音楽に精通している方の意見でしょう。今年N響でバーンスタインの「不安の時代」とショスタコーヴィチの5番を聴いたときも、昔の演奏とは意味合いの違う表現を求めた「新しい時代の音楽」をしていたなあと感銘を受けたのですが、しかし今回は、それこそ前時代的なデュトワの演奏に触れて、前時代的だからこそ意義があるのだということを、僕は再認識することができました。僕は基本的には、芸術においては保守的で、それこそブルクハルトの歴史観に非常に影響を受けているので、芸術的にも進歩史観はどうしても取れないのです。旧き良き音楽、古き良き演奏が好きで、クラシック音楽を聴いているわけです。それらを残していきたいという気持ちで、ブログもやっているわけです。ですから、旧き良き何かとつながっているデュトワ/ロイヤル・フィルの演奏は、クラシック音楽の存在意義そのもののように感じました。この会場の盛り上がりは、旧き良き何かが持っている「美」を証明したのではないでしょうか。


コンサート後は神谷町のイタリアンバールで美味しいごはんを食べて帰りました。やはり港区はオシャレだな……(笑)

ドビュッシー:海/牧神の午後への前奏曲/夜想曲/遊戯 ドビュッシー:海/牧神の午後への前奏曲/夜想曲/遊戯
モントリオール交響楽団 デュトワ(シャルル),モントリオール交響合唱団,ドビュッシー,デュトワ(シャルル),モントリオール交響楽団,ハッチンソン(ティモシー)

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