猫町 他十七篇 (岩波文庫) 猫町 他十七篇 (岩波文庫)
萩原 朔太郎,清岡 卓行

岩波書店
売り上げランキング : 78635

Amazonで詳しく見る by AZlink


萩原朔太郎 『猫町』


自分で連載すると言っていながら遅々として進まないのですが、一度やると言ったものを途中で投げるのは宜しくないでしょうし、書きたいものは実際のところ存外多いなあと思い做した所にて、こうやって筆を執る次第です。まあ筆なんて持ってないけどね。最近文体を改造してみようと試行錯誤していますが、大体こういう試みは飽きが来るとやめる性質なので、後半はもうくだけにくだけ切っているんだろうなあ。笑 既にくだけてるし。笑


何故またこういう書き方をしているかというと、まあ今回は特に理由もあって、紹介するものが「日本近代詩の父」とも言われる萩原朔太郎の作品だからです。ちっとは雰囲気出してやろうっていう意気込みは持っています。前書きはこのくらいにして、今回取り上げるのは『猫町』という作品です。岩波の内容紹介を見てみましょうか。


“東京から北越の温泉に出かけた「私」は,ふとしたことから,「繁華な美しい町」に足を踏みいれる。すると,そこに突如人間の姿をした猫の大集団が……。”


まるでホラーか何かのような紹介文ですが、ホラーではなくて、幻想的な短編小説です。萩原朔太郎の小説作品というのはこれだけのようですが、散文と小説の区別というのはなかなか曖昧なものですし、この『猫町』も散文風な短編と言えます。朔太郎自身はこれを「散文風な小説(ロマン)」としているようですが。1935年発表のもので、文化雑誌『セルパン』が初出です。小説の冒頭に、ショウペンハウエルの言葉が引用されています。


蠅を叩きつぶしたところで、
蠅の「物そのもの」は死には
しない。単に蠅の現象をつぶ
したばかりだ。――
ショウペンハウエル。


『幸福について』や『読書について』で有名なショウペンハウエルの言葉です。プラトニストである僕にとっては『意志と表象としての世界』は重要な著作ですし、まあ名著が多い偉人でしょうが、あまり小難しい話は置いておくことにして、彼は様々な哲学者や芸術家に影響を与えた人物であって、この引用にあるようなことが朔太郎の詩作にも大いに影響しているということです。


朔太郎はこの作品中で「同じ一つの現象が、その隠された「秘密の裏側」を持っている」と語ります。例えば普段歩きなれた場所なのにもかかわらず、何かのきっかけで不図そこが全くの異世界であるかのように感じ、道に迷ってしまうようなこと。或いは、電車に乗って家に帰るとき、うたた寝をしてしまい、その夢から醒めたとき、電車の進行方向がいつまにか反対になって、逆走していることに気が付く。おかしいと思って窓から外を眺めても、いつも見慣れた風景が全く別の風景に見える。だが最後に到着し、いつものプラットホームに降りた時、ここではじめて、現実に帰って来る。一旦それが解れば、異世界だったものは何でもない平常通りの、見慣れた詰らない物に変ってしまう、そんなようなこと。「つまり一つの同じ景色を、始めに諸君は裏側から見、後には平常の習慣通り、再度正面から見たのである」と語る朔太郎の経験には、ショウペンハウエルの言葉の引用とも繋がりがあるようです。


誰にでもこのような経験がある、のでしょうか? 僕はというと、そんな経験がないこともない。つまり、ある町をふらふらと歩いているとき、普段とは全く違った一面を見てしまう、そういったことがこの『猫町』の世界で起こることです。なんだ結局は創作か、ファンタジーか、と言われれば、まあそうでしょう。人間の姿をした猫の集団に遭うという幻想感が好きな人には一級のファンタジーに違いありませんが、朔太郎は最後にこうも語ります。


「人は私の物語を冷笑して、詩人の病的な錯覚であり、愚にもつかない妄想の幻影だと言う。だが私は、たしかに猫ばかりの住んでる町、猫が人間の姿をして、街路に群集している町を見たのである。理窟や議論はどうにもあれ、宇宙の或る何所かで、私がそれを「見た」ということほど、私にとって絶対不惑の事実はない」


ここにも上の哲学者の思想が見え隠れしていますが、ファンタジーとリアリズムというものが表裏一体のものかもしれないということを示唆する、確固とした証拠となりうる(と僕には思われる)朔太郎自身の記述を抜き出しておきましょう。


「久しい以前から、私は私自身の独特な方法による、不思議な旅行ばかりを続けていた。その私の旅行というのは、人が時空と因果の外に飛翔し得る唯一の瞬間、即ちあの夢と現実との境界線を巧みに利用し、主観の構成する自由な世界に遊ぶのである。と言ってしまえば、もはやこの上、私の秘密について多く語る必要はないであろう。ただ私の場合は、用具や設備に面倒な手間がかかり、かつ日本で入手の困難な阿片の代りに、簡単な注射や服用ですむモルヒネ、コカインの類を多く用いたということだけを附記しておこう」


久しい以前から、僕は僕自身の独特な方法による、不思議な旅行ばかりを続けていて、その旅行というのは、脳内に麻薬物質を大量に分泌させるような音楽を聴いて、主観の構成する自由な世界で遊ぶことは数えきれないのですが、まあ用具は音源と再生機だけで入手も容易ですし、特に法にも触れないということだけは附記しておきます。ラプソディ・イン・ブルーの弾き振りの妄想の快感は口述しがたいものですし、ドラッグのないピストルズはパンクじゃないのです。それはともかく、「繁華な美しい町」である『猫町』はどんな所なのでしょうか。


北越地方のKという温泉に滞在していた「私」は、近くのU町へ続く軽便鉄道を途中で下車し、徒歩でU町の方へ歩いて行く。そのU町には所謂「憑き村」の集落があり、或る部落の住民は犬神に憑かれており、或る部落の住民は猫神に憑かれていて、犬神に憑かれたものは肉ばかりを食い、猫神に憑かれたものは魚ばかり食って生活している、という昔からの迷信を聞かされていたとのこと。普段「私」はその町で買い物をしたりしていたのですが、たまたま、途中下車し歩いてU町へ向かったときのことです。この町の様子の描写こそ、朔太郎の本領発揮、『猫町』の白眉に相違ありませんね。以下、じっくり味わっていただきたいものです。


「街は人出で賑やかに雑鬧していた。そのくせ少しも物音がなく、閑雅にひっそりと静まりかえって、深い眠りのような影を曳いてた。それは歩行する人以外に、物音のする車馬の類が、一つも通行しないためであった。だがそればかりでなく、群集そのものがまた静かであった。男も女も、皆上品で慎み深く、典雅でおっとりとした様子をしていた。特に女性は美しく、淑やかな上にコケチッシュであった。店で買物をしている人たちも、往来で立話をしている人たちも、皆が行儀よく、諧調のとれた低い静かな声で話をしていた。それらの話や会話は、耳の聴覚で聞くよりは、何かの或る柔らかい触覚で、手触りに意味を探るというような趣きだった。とりわけ女の人の声には、どこか皮膚の表面を撫でるような、甘美でうっとりとした魅力があった。すべての物象と人物とが、影のように往来していた」


この美しく繁華な町の描写に続いて、この町の、美しくあると同時に何処か恐ろしい、おぞましい何かを持っている様子の描写になるのですが、まあその記述もこの上なく完成度の高い魅力的なものです。気になる方は読んでみて欲しいですね。「美学的に見えた町の意匠は、単なる趣味のための意匠でなく、もっと恐ろしい切実の問題を隠していたのだ」と朔太郎は語ります。


そして、或るきっかけから、人間の姿をした猫の大集団に出くわす訳です。


「瞬間。万象が急に静止し、底の知れない沈黙が横たわった。何事かわからなかった。だが次の瞬間には、何人にも想像されない、世にも奇怪な、恐ろしい異変事が現象した。見れば町の街路に充満して、猫の大集団がうようよと歩いているのだ。猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。どこを見ても猫ばかりだ。そして家々の窓口からは、髭の生えた猫の顔が、額縁の中の絵のようにして、大きく浮き出して現れていた」


これに恐れ戦いた「私」が私は今一度目を開いて、事実の真相を「眺め返した」その時、猫の姿は視覚から消えてしまいます。すっかり情態が一変し、町には平凡な商家が並び、どこの田舎にも見かけるような、疲れた埃っぽい人たちが街を歩いている、しかも「私」のよく知っている、いつものU町の姿。


^————————————-^


朔太郎が『猫町』を完成させたのが1935年、この10年前に、故郷である群馬の前橋から、近代的・西洋的な生活に憧れて、朔太郎は妻と子と東京に出てきます。様々な作家仲間との交流や、西洋的な暮らし、それらは朔太郎にとってプラスの面があると同時にマイナスの面もあったようです。1927年、芥川龍之介の死も大きな影響があったようですし、朔太郎が憧れていた西洋的な生活――自宅でのダンス・パーティが、妻との間の不仲を引き起こし、遂には離婚に至ります。まあこの妻というのがとんでもない女で、朔太郎が家を離れていた間、子どもを放っておいて舞踏会で出会った男を家に泊らせていたとのこと。朔太郎はこのときはじめて妻を思いっきり殴ったのだそうです。


1929年に離婚し、群馬に帰った朔太郎は、東京定住の実際が憧れと違うことに思うところがあったことでしょう。加うるに、時代は激動の時代、1931年の満州事変に始まり、日本は戦争へと更に歩みを進める中、近代化・西洋化というものが、憧れとは異なる全体主義・軍国主義であったことに、朔太郎は嫌気が差していたのかもしれません。妙に美しくも、どこか恐ろしい猫たちは、憧れの町・東京のもう一つの面ないし裏側に存在する、それこそ野性に憑かれた、帝国主義へと向かう人々の比喩なのでしょうか。朔太郎の繊細な詩人としての感性、或いはやや狂気的な芸術家としての目に映るものは、現代の僕たちにとって非常に好奇なものです。


いつもいつも可愛い可愛いばかり言っていますが、たまには可愛くない猫の話。普段見慣れた猫も、その裏側は、うーん、なんか格好良いことを書こうかと思ったけど、まあ可愛い猫見てた方がいいなあ。