Beethoven: Triple Concerto


第二次大戦時や共産主義・独裁政権下におけるクラシック音楽の扱いの歴史を見るのは非常に面白い。中川右介氏の『国歌と音楽家』などは戦争や政治に音楽が振り回される事実が列挙されており、なかなか読み応えがあった。今回ここで紹介したいのは、NPR Music のサイトの記事“Tracing The People’s Republic Of Beethoven” (ベートーヴェン人民共和国を追う)というもの。このジャンルはドイツやイタリア、ロシア(ソ連)の話題は多いが、中国は謎のベールに包まれている。20世紀、激動の中国の歴史の中で、ベートーヴェンは非常に重要な作曲家だったらしい。元記事はこちらからどうぞ。


カイ・ジンドン(Jindong Cai)という指揮者がいる。スタンフォード大学の教授でもあり、彼がスタンフォード響やシンシナティ・フィルと録音したものはNMLでも聴くことができる。彼が10代のころの中国は文化大革命のまっただ中で、西洋のものは禁止・ブルジョワなものは禁止、という抑圧のもとで多感な時期を過ごしていた。そんな彼が妻メルヴィンと共著で“Beethoven in China”という本を2015年に出版した。これはベートーヴェンとその音楽と、中国という国家との間の複雑な関係を書いた本だ。Amazonで買える。

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Jindong Cai

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メルヴィンは「もしかすると西洋の人には驚きかもしれませんが、ベートーヴェンは20世紀の中国で極めて重要な作曲家なのです」と語る。ベートーヴェンの音楽と彼の伝記が中国の文化、社会、そして政治を織りなすのにどれほど深く関わっていたか、中国人以外には見当もつかないだろう。20世紀において、中国の革命や反乱、様々な改革に影響を与え、過酷な状況の人民や、今よりも前進しよう進歩しようとする人々に、多大なインスピレーションをもたらしてきた、本当に重要な作曲家らしいのだ。


音楽そのものもそうだが、ベートーヴェンの人生が中国人に与えた希望は大きい。とかくベートーヴェンにまつわるエピソード、人生の葛藤、困難に打ち克つストーリーは、いかにも彼らの好むところだろう。ベートーヴェンの個人的な苦悩と言えば当然耳が聞こえなくなっていくことで、その中で音楽を作ったということは中国の文化におけるスタンダードというか、当然こうあるべきという雰囲気作りに大きな影響を与えたのだろう。「中国人は困難を乗り越えて行かねばならない!」「困難を乗り越え、勝利を掴むのだ!」「ベートーヴェンの人生がそう教えているのだ!」という信念が、当時の中国の文化を支えていたのだろう。


共産主義支配下の中国では、音楽はもちろん政治に擦り寄らなければならなかったし、ベートーヴェンの音楽をそういう政治的な考えのもとで再解釈しようとする中国人もいたようだ。「ベートーヴェンはもともと革命的人物なのだ」と言い出すものたちが、中国で「革命的ベートーヴェン像」を構築する。「ベートーヴェンは音楽を自由にした、また同時に人々をも自由にしようとしたのだ!」と、都合の良い解釈と言えばそうかもしれないが、間違いとも言い切れないところ。1959年の中華人民共和国10周年記念の際には、中国中央フィルが第九を演奏した。なんとシラーの詩を中国語訳した歌詞で歌われたそうだ。それほどにベートーヴェンは愛されており、人気の作曲家だったのだ。


こうしてしばらくの間は、ベートーヴェンは中国人の憧れる人間像全てに合致する大偉人であった。しかし、ほんの数年の間でその座から転落することになる。60年代に入ると、革命勢力は西洋のクラシック音楽を統制し、批判するようになる。クラシックはブルジョワのものだ、ブルジョワなものは悪である、と考え、クラシック音楽だけでなく、多くの中国の伝統音楽も完全に禁止された。全く新しい文化で、新しい社会主義国家を作ろうとしていた時代だ。


カイとメルヴィンは Lu Hongen というティンパニ奏者について語っている。60年代にはシャンハイ響の指揮者も務めた音楽家だ。彼は文化大革命について歯に絹着せぬ批判をした人物で、当時の多くの音楽家と同様に、西洋文化に与したということで苛烈極まる罰を受けた。逮捕された後も、牢獄の中でベートーヴェンのミサ・ソレムニスを口ずさんでいたという。最終的には彼は死刑になるのだが、彼は同房の者にこう言った。「もしお前が生きて出れたら、2つのことをお願いしたい。1つは息子を探して欲しい。もう1つはウィーンに行って、ベートーヴェンの墓へ赴き、彼に報告して欲しい。貴方の中国の弟子は、死刑に向かうときでもミサ・ソレムニスを歌っていたよと」。なんだか泣ける話じゃないか。


文化大革命は1976年に終わり、1977年の3月にはベートーヴェンの第5交響曲が中央フィルによって演奏された。3楽章と4楽章は中国全土に放送され、そのときようやく、多くの中国人は「ああ、文化大革命は本当に終わったのだ」と実感したものだ、とカイとメルヴィンは語る。10年間ずっと外国の曲はラジオで流れることはなかったそうだ。このときの中国は、世界中のどこよりもベートーヴェンが愛されていた国だったに違いない。


メルヴィンは語る。「中国でクラシック音楽はブームです。多くのコンサートホールやオペラハウスが建設され、新しいオーケストラや音楽学校が毎年のように作られています。そんな中で、ベートーヴェンは今なお最も有名な作曲家ですし、彼の音楽は最も盛んに演奏されます」ベートーヴェンの音楽だけでなく、彼の伝記は学校で教えられているそうだ。ベートーヴェンの人生とその闘争は、現在も中国の人々に生きる勇気や希望を与え続けている。

国家と音楽家 国家と音楽家
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