ボリビアのバロック

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たまたま「ボリビアのバロック」というアルバムを発見した。ボリビアのバロック?なんだそれは。まったくわからん。でも、なんて胸躍る響きなんだろう。イギリスの古楽アンサンブル「フロリレジウム」による演奏で、ボリビアの教会で発見された楽譜を使ったバロック音楽集。以前Twitterでも取り上げた。


この音盤は各種サブスク配信でも聴くことができるので、ぜひ気軽に聴いてみていただきたい。が!しかし! こういうものはぜひ、CDを買って、Bookletにも目を通すのが良いと思う。何しろボリビアのバロックについてなんて、まったく知識がないのだ。僕だけでなく、ほとんどのクラシック音楽ファンはそういう人の方が多いのではないだろうか。Bookletには10ページ近くある“Baroque Music in the Jesuit Reducciones”(イエズス会伝道所におけるバロック音楽)と題した解説も書かれており、それも読み応えがあった。ということで、今回はその記述をもとに、僕も自分で調べたことなどを合わせて、ブログにまとめておこうと思ったのだ。


なお、調べていると、藝大の楽理を出たあと東大の院で博士号を取って、今は宇都宮大学で研究をしている金子亜美さんという人が、このあたりのことを研究しているということがわかった。ということで、ちゃんと知りたい方はそちらの方面からアプローチしてください。僕はまったくの素人なので、間違いがあったらごめんなさい。

フロリレジウムのボリビア・レコーディング

そもそもボリビアという国のことをほとんど知らない。どういう国かというと、南米にある内陸国で、ウユニ塩湖があることで有名。スペインの植民地だった歴史があり、ヨーロッパ文化、そしてバロック音楽とも関係が深い。スペインによる植民地化の過程で、イエズス会によって建造された伝道用の集落群は「チキトスのイエズス会伝道所群」として世界遺産に登録されている。1996年からはそこでルネサンス・バロック音楽祭が開催され、このCDはフロリレジウムが2002年に音楽祭に参加したのがきっかけで録音が実現したものだ。

引用元:Wikipedia「ボリビアのイエズス会伝道所」

ここで取り上げられているボリビアのバロック音楽、つまりボリビアにて西洋音楽の形式でもって作られた17-18世紀頃の音楽のコレクションは、チキトス近郊の「ニュフロ・デ・チャベス聖堂図書館」と、近年になってまとめられた、19世紀まで写本が作られていたというモクソス・インディアン(ボリビアの先住民、モホス、モヘーニョスという方が正しいのだろうか)の旧イエズス会伝道所コレクション、この2つが主だったもので、前者については教会の地下室に5500ページにも及ぶ写本が残されており、もちろん宣教師によってもたらされたものもあるが、多くがボリビアのインディアンが作曲したものだそうだ。このCDでそれらの録音が実現したのは、ポーランドで生まれボリビアで活動する音楽学者ピョートル・ナヴロットと、フロリレジウムのディレクターであるアシュリー・ソロモンが中心となって、復刻とボリビアでの録音計画を進めたからである。フロリレジウムのメンバーと、アシュリー・ソロモンがオーディションで選んだボリビアの4名の歌手たちが共に練習を重ね、Channel Classicsは300kgの録音機材をオランダから運び、気候や騒音などの悪条件にめげずに録音したそうだ。今から約20年前の話。すごい情熱だ。

伝道所の音楽教育

多くの曲は声楽、あるいは合唱で構成されているが、中には南米のコレクションとしては珍しく器楽曲も含まれているそうだ。また、イタリアの作曲家ジョバンニ・バッティスタ・バッサーニ(1657-1716)の6つのミサ曲、ボヘミアの作曲家ヨハン・ヨゼフ・イグナーツ・ブレントナー(1689-1742)の2つのモテット、イタリアの作曲家でイエズス会の宣教師でもあるドメニコ・ツィポーリ(1688-1726)の作品も含まれており、これらを模範にして伝道所で音楽教育が行われていたと考えられている。↓はツィポーリの鍵盤作品全集、Brilliantから出ている。


当時、音楽は宣教師たちが原住民とコミュニケーションをとるための手段でもあった。伝道所が設立されると、そこに30人から40人ほどの合唱団とオーケストラが組織された。町の貴族の子どもたちは読み書きに加えて、そこで音楽や踊りのレッスンを受けることができたし、インディアンの中でも声の良い子は合唱団にスカウトされ、また身体の強い子は管楽器を演奏することになった。音楽学校の責任者が教会の責任者も務め(ほぼ現地のインディアンだった)、儀式なども執り行った。図書館の音楽コレクションはヨーロッパから宣教師が持ち込んだもので常に更新されていくので、音楽様式もまた様々に進化を遂げることとなった。


基本的にはポリフォニックなレパートリーが主流ではあったが、グレゴリオ聖歌はすべての音楽家が学ぶべきものとされており、典礼などでも取り入れられていたそうだ。毎日のように練習が行われ、生徒たちは多くの聖歌を暗譜していたとある。ミサ曲、賛美歌、モテット、クリスマスキャロル、教会用の歌劇、あるいはソナタやコンチェルトなど、当時一般的であった多くの音楽形式が写本には載っているそうだ。


ある宣教師の報告では、ヨーロッパの有名な教会に匹敵するレベルの音楽だと書かれている。実際に村を訪れる旅行者たちを、その高い技術で驚かせたそうで、ウルグアイの宣教師は手紙の中で「少年が非常に優雅に上手にチェロを弾いていた」とか、「伝道所の前を通ると素晴らしい合奏と厳格なテンポに驚いた」といったことを書いている。当時のイタリアの歴史家ムラトーリも、ボリビアの原住民たちの調和を志す傾向は驚嘆すべきものと報告しており、賢明な宣教師は幼い頃から最高の声質の子たちを選び、早くから教育してヨーロッパに劣らないほどに音楽の専門家に育てている、とも報告している。そして、最も称賛すべきことは、当時存在したあらゆるヨーロッパの楽器で、インディアンたちが演奏できないものは何一つないということだ、とも。さらに、演奏するだけでなく、ほとんど彼らの手で製作されている、とも。もはやスペインを羨むことは何一つない、と。


イエズス会は政治的な理由で18世紀中頃に追放されるが、ボリビアではそのキリスト教文化がこうして残って、世界遺産に登録されるくらいな訳で、一体なぜボリビアにこうして残っているのか、当然ながら素人の僕にはさっぱりわからない。がしかし、素人目にも、こうして栄えた音楽文化と全く関係ないとは思えない。ともかくも、多くのクラシック音楽ファンに、このボリビアのバロック音楽を聴いてみてほしいと思っている。

宣教師がもたらした音楽

まず、宣教師たちがもたらした、ヨーロッパの作曲家が作ったとされている収録曲について見ていこう。このCDの1曲目はドメニコ・ツィポーリの「主を信ずる者は幸いなり」から始まる。ソプラノ独唱と、3人のコーラス、2つのヴァイオリンと通奏低音のためのもので、ツィポーリが南米で作曲したものとされている。ボリビアのコレクションには他の編成のものもあるそうだ。ツィポーリ作曲といっても、典礼時に求められたアンティフォン(詩編朗読の前後に、聖歌や賛美歌を二つの合唱隊が交互に歌うもの)の形式でツィポーリのものだと考えられるというだけであって、作曲者名が書かれている訳ではないし、ツィポーリはアルゼンチンのコルドバで活動しておりボリビアに来たという証拠もない。またボリビアでは長きに渡って、現地の写本家が写したものが保存されてきたが、他の南米の国ではそもそも楽譜が失われているため、例えばアルゼンチンと比較研究するといったことすらできないのが実情である。


もう一つ、ツィポーリ作曲の「この世にあるわれらは」はテノールと合奏のための作品で、上述の2つのアーカイブの両方から発見されている。チキトスの方の写本家はツィポーリの名を書いていないが、19世紀中頃と見られるモクソス・インディアンの方の写本には、テノールの声部にツィポーリの名が書き込まれている。歴史家たちによると、当時はテノールを歌える歌手が多く、また優秀であり、バス歌手は常に不足していたそうだが、その一方でボリビアのコレクションにはテノール独唱曲はほとんどない。またソプラノのための曲がテノールで歌われることがあったのは確かだそうだ。このツィポーリの曲は、オラトリオなどの何かしらの舞台作品の一部である可能性もあり、その存在を確信していた宣教師もいたようである。


このCDでは便宜上「ソナタ・チキターナ」と名付けられている、2つのヴァイオリンと通奏低音のためのソナタについて。もちろん写本にそのような名前が付いている訳ではない。上述した器楽のコレクションの中の一つで、十中八九、ヨーロッパで作曲されて南米に持ち込まれたものと見られている。おそらくイタリアのどこかにソースがあるのだろう。なんだかまるで皆川達夫教授の話のようだ。ぐるりよざの記事を参照していただきたい。急緩急の3楽章で構成されている。音楽の学習として、あるいはまた教会での演奏用として使われたと考えられているそうだ。

作曲者不詳/原住民の作曲と思われる音楽

母国語で書かれた聖歌のコレクションは非常に多い。このBookletの解説に従えば、伝道所の音楽は、原住民に対する宣教師の音楽的な慣習の押し付けだと認識してはならない、とある。むしろ、原住民の才能や嗜好、創造性が大きな役割を果たし、それに合わせて変化していったと指摘している。また、土着の音楽を排除する試みもなかったとしている。音楽を創る上での西洋的な方法は、義務ではなくあくまで嗜好であり、ときに宣教師たちが主役であり、またときに原住民たちが主役であった、と。原住民たちの楽器や原住民たちの言語、先原民たちの作ったテキストを尊重し、ボリビアのバロックの新レパートリーが生み出されたのである、と書かれている。このCDで歌われているAqui ta naqui(ここにいます父なる神よ)や、モテット「Caîma, Iyaî Jesus」(今日、主イエスよ)は、作曲者は不詳だが、そういった類の音楽だそうだ。


祝祭のための音楽もある。アリア「新しい王はこの食卓で」は、伝道所で行われる最大の祝祭である聖体祭のレパートリーのひとつ。ミサや説教、劇、広場の四隅に建てられた祭壇への行列などが行われ、インディアンたちは聖体祭の準備のために野山へでかけて、装飾用の動物や色とりどりの野鳥などを持ち帰ったそうだ。そして儀式が終わると、村にあるあらゆる楽器、ヨーロッパの楽器もあれば現地で作られたものもあるだろうが、それらの大合奏が行われ、行列が祭壇へ向かっていくのだという。この日のために練習を重ねた少年たちがソロパートを弾いたとのこと。また、「歓喜のなかで天に昇る神」と「王をほめたたえよ」は主の被昇天の祝日のための歌で、チキトスとモクソスと両方のコレクションで発見され、ボリビアのバロックとしては非常に人気で、様々な教会で知られているものだそうだ。4人の合唱が好まれ、ソロもあり、楽器の編成もあまり大きくないのが特徴。しかし、イエズス会の伝道所のある町では30人から40人の合唱やオーケストラがあったと、グアラニー(グアラニーのイエズス会伝道所群もまた世界遺産登録されている)の神父兼教師であったホセ・カルディエルは報告している。このあたりの聖歌隊や楽器の使用に関する記述はあまり正確なものが見つかっていないそうだ。


器楽についても書いておこう。「ラ・フォリア」はモクソス・インディアンのアーカイブで発見された曲。こちらの方のレパートリーは少なく12曲ほどだそうで、最も古いものは18世紀前半に収蔵。当時は膨大なレパートリーがあり、小楽器群のための音楽や、特定の弦楽器や管楽器のための音楽、鍵盤楽器のための音楽など。インディアンたちが自ら選んだ民族楽器も使われていたようだが、どのように演奏されたかは不明だそうだ。この作品が発見されたのは1994年、こうして実演されるのは1世紀以上ぶりかもしれないと書かれている。2つのヴァイオリンで演奏され、急緩急の3楽章。


「パストレータ・イチェペ・フラウタ」は、フルート、ヴァイオリンと通奏低音のための曲で、チキトスのアーカイブにのみ所蔵されている。このフルート(リコーダー)が実にいい味出している曲で、やはりこういう笛の音があるとフォルクローレ感があって南米らしさを感じる。だがヨーロッパ的なバロックの雰囲気もある。面白い。この曲は作曲者も起源も不明だが、1740年頃には既に伝道所にあったようである。


当時の器楽合奏(オーケストラ)について、詳しいことがわかっている訳ではないが、残っている楽譜からはいくらかの傾向がうかがえるとあり、オルガンの持続音やハープによってハーモニーが奏でられ、高音はヴァイオリンやショーム(木管)やフルート、低音はコントラバスやファゴット。他の楽器の使用は祝祭の内容によって変わっていたそうだ。クラリオン(これが何を指すかは僕には判断できない)と祭壇の鐘(ハンドベルのようなもの)は最も高貴なもので、使われる瞬間も限られていたそうだ。

おわりに

このCDの最後は、録音に参加しているボリビアのテノール歌手、ヘンリー・ヴィルカが作った即興曲で締められている。良い終わり方だと思う。今もなお、というやつだ。2004年の録音のCDのBookletについて、2022年にブログに書いているので、もしかすると色々と変わったところもあるかもしれないし、そもそも訳も間違っている部分もあるかもしれないが、僕も色々と未知の固有名詞を調べながら書いたので、勉強にはなったなあと。とはいえ僕はただの音楽ファンで、別にこれを学術的に究めたい気持ちはちっともなく、聴いて楽しむ上で理解を深めたいと思って書いただけなので、上述した通り正確に詳しく知りたい方は論文などに触れてみていただきたい。論文とまでは行かなくとも、案外ボリビアのバロックについてネット上で書いている人はポツポツ見られて、実はこれ、そこそこ人気のあるコンテンツなのかしら……とも思った。まあ実際に聴いてみてもらえれば、楽しい音楽だということはわかってもらえるはずだ。なお、このCDはVol.2と3もあり、そちらも素晴らしい。でもブログに書くのは(書くのも楽しいけど)、しばらくはパスだなあ。だって知らないことだらけで大変なんだもん(笑)


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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