夏の暑い日に、あえて冷房の効いた涼しい部屋でシベリウスのシンフォニーを聴くのは最高にいい気分だ。なんとなく涼しい気分になるのはきっと僕だけではないはず。シベリウスの音楽は「国民楽派」といって、ロマン派音楽の中でも、特にその国・地域の民謡や伝統的な音楽を取り入れた作品を数多く手がけた作曲家と言われている。シベリウスはフィンランドの作曲家であり、愛国心に満ちた交響詩「フィンランディア」をはじめ、フィンランドの民族叙事詩『カレワラ』を主題にした作品など、国民性が十二分に発揮された音楽が多い。僕は北欧に行ったことはないが、まるでフィンランドにいるかのような気分にしてくれるのが、シベリウスの音楽の魅力だ。


北欧の音楽は良い。クラシックでもポップスでも、どれも独特な雰囲気を持っている。クラシックで言えばグリーグやニールセンなどが有名だし、ステンハンマルやスヴェンセン、アルヴェーン、ペッテション=ベリエルなど、一瞬にして場を澄んだ空気に変えてしまう。青い空と深緑の森を遠景に、湖畔で静養するイメージだ。まあ行ったこともないからあくまでイメージでしかないのだが、シベリウスの第3交響曲の冒頭など、恐ろしいほど瞬間的に景色を一変させてしまう。そういう自然的なものとはまた別で、北欧のポップスのもつオリジナリティもすごい。一世を風靡したスウェディッシュ・ポップ、さらに僕はあまり聞かないが北欧はメタルバンドのメッカでもある。僕もいまだにiPodにカーディガンズが入っているし、ノルウェーの才人シンガーソングライター“Magnet”ことイヴァン・ヨハンセンのCDは愛聴盤だ。

On Your Side


ときどき無性に北欧のクラシック音楽が聴きたくなるときがあり、新規開拓をしようと思いまだ名前も知らないような作曲家の作品を聴いてみることもある。そこで出会ったのがデンマークのヴァイゼという作曲家だ。交響曲も7曲あり、シベリウスと近いものを勝手に感じてしまった。わくわくして聴いてみたところ、これがハイドンやモーツァルト、シューベルトを思わせる、いわば正統派クラシックだったのだ。素晴らしい音楽には違いなかったのだが、僕は正直ちょっとがっかりしている自分に気づいてしまった。もっと寒々しさを感じるような、あの北欧の空気(行ったことないけど)を想像したのに!


だいたい自分が「北欧の音楽でも聴こうか」と思い立ったときというのは、シベリウスのような国民楽派を期待しているのだ。北欧イコールあの雰囲気、というバイアスを持っているようだ。何でもそうだが、例えばラーメンが食べたいというとき、頭のなかにとんこつラーメンしか想定していないという人もいるだろう。博多の人とか? そういう人が、食べログで高評価のあっさり醤油系の中華そばのお店に来たらどうだろう。一瞬期待はずれと思ってから、その美味しいラーメンを食べることになるわけで、ちょっともったいないような気もしなくもない。音楽の話に戻るが、こういうバイアスは自分の好みであり、今まで長年知識を得て培ってきた感覚であり、大切にしたいと思う一方で、ヴァイゼという古典派の作曲家に対して差別的な見方をしているのではないか、とも思ったのだ。


クリストフ・エルンスト・フリードリヒ・ヴァイゼ(1774-1842)はデンマークの作曲家で、ほぼベートーヴェンと同時代を生きた人物だ。彼の交響曲の紹介記事はこちらからどうぞ。ベートーヴェンと同時代の作曲家にロマン派がメインである国民楽派の音楽を期待するのがそもそも間違っているし、よく調べないで聴いた僕が悪いのだが、調べないおかげで自分のそういう偏った見方に気付いたのだからラッキーだった。無意識のバイアスである。Googleは社員教育でも、業務にバイアスをかけないように無意識バイアスについて講義をしているそうだが(それについてのGIGAZINEの記事はこちら)、世界のエリートが集まるGoogleでも、きちんとやらないと意識できないことなのだ。それに気付いた僕はえらい。自分で自分を褒めてあげよう。


地域性というのは面白い。国民楽派の音楽を聴けば、北欧だけでなく、南欧のアルベニスやグラナドス、中欧・東欧ではドヴォルザークやスメタナ、ロシアのグリンカやロシア5人組など、本当に地方色豊かで楽しい音楽ばかりだ。僕は秘密のケンミンSHOWが好きでよく見ているが、独特の文化や県民性もとても面白い。それらを楽しむことは決して悪いことではないだろう。しかし、それが全てではないことを今一度よく自覚しなければならない。「あの県民は○○だ」「あの国民は○○だ」と色眼鏡をかけて見ていることには、自分ではなかなか気づかないものだ。無意識のバイアスは判断のスピードを上げるが、同時に多様性を消してしまうこともある。新潟生まれの僕に対して「新潟イコール日本酒」というバイアスを持っていて間髪入れずに「日本酒おいしいよね」と言う人とは、きっとすぐ仲良くなれそうだが、僕の「北欧の音楽といえばこれだ!」というバイアスのせいで、ヴァイゼを聴いてがっかりしてしまい、その魅力や本当の良さに気づけないことだってありえたわけだ。まあ前半分は冗談だが、知識が多くて頭の回転が速いのが良いことばかりでもない。無意識に様々な場面でそれなりに弊害もあるということに、世の中の高学歴な人たちや知識人たちはどの程度気づいていらっしゃるのだろうか。他人のことなら気付きやすくても、自分のこととなると途端に難しくなるものだ。


まあそれはともあれ、やはり音楽は真っさらな心で聴くのが一番いい。「ラトルのベートーヴェンは……」とか「マリナーとアカデミー管は……」とか、過去に得てきた知識や経験や情報は、それはそれとして、聴く前に一旦どこかに置いて、心を無にして聴くように心がけたい。普段からそうするのは意外と大変なので、僕はライブのときくらいはなるべく気をつけて、椅子に座って奏者が出てきたら、深呼吸して聴くようにしているつもりだ。期待するなということではない。大学時代の恩師の言葉を思い出す。「もっぱら心を虚しくして、テキストを楽しむことが大事である」とよく言われた。読んで何か残るものがあればそれでよし、残らなければそれもまたよしと。音楽も同じだ。

ヴァイゼ:交響曲第4番, 第5番 ヴァイゼ:交響曲第4番, 第5番
C.E.F. Weyse

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