色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
村上 春樹文藝春秋
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数年前に知り合った友人で、徹底したハルキストがいる。


ハルキストというのは、熱狂的な村上春樹のファンのことで、様々な点で村上春樹から影響を受けている人のこと。と僕は定義している。ただの読者にあらず。ただのファンでもない。彼の著作から、考え方や生活スタイル、つまり生き方を学んでいる人、そういう人を“いわゆるハルキスト”と呼ぶのだ。
僕も以前は村上春樹の小説が好きで、結構読んだのだが、なんというかもう、ハルキストは僕なんかとは次元が違う。
ハルキストの彼は、現行の村上春樹の著作は当然読破しているし、特にお気に入りのものは何度も何度も読み返しているし、英訳されたものは英語で読むし、村上春樹が翻訳した海外の小説も読み、映画も佳作洋画を好み、ジャズ・クラシック・洋楽を聴き、朝はランニングをして、たまに筋トレもして、帰ってシャワーを浴び、水を飲む。
とりあえずサンドイッチが好きかどうか訊いたら「好き」だそうだ。僕のイメージでは、村上春樹の小説に出てくる主人公は大体美味しいサンドイッチを食べている。
ここまで徹底していると、うーん、さすがにすごいね!


僕も村上春樹は嫌いじゃないし、実際少なからず影響を受けていると思う。なにせ村上春樹の小説に出てくる男は、よくわからない大人っぽさというか、不思議な格好良さがあるし、やたら女性から言い寄られる。羨ましい話だ。
僕はハルキストの彼に、「初めて読んだのは『ねじ巻き鳥クロニクル』なんだよね」とか、「僕は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』が好きだな」という話をした。そして試しに、「僕はクラシックが好きなんだよー」という話をちらっとしたら、彼もクラシックの話題に乗ってくれた。身近にクラシックに熱い人がそう多い訳ではないので、僕は嬉しくなって話し込んでしまった。
村上春樹の小説には、しばしばクラシック音楽が出てくるし、『1Q84』でヤナーチェクのシンフォニエッタが出てきて、CDがバカ売れしたというのは有名な話。『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』では、ベルマンの弾くリストの巡礼の年が出てくるらしく、CDがまた話題になっているそうだ。
彼はブラームスのピアノ協奏曲が好きだということで、僕は「渋いなあ」なんて思いつつ、ピアノ協奏曲の話で盛り上がった。
コンチェルトが好きなら、交響曲は聴かないの? と尋ねたら、シンフォニーは壮大過ぎてちょっと苦手だそう。
ブラームスの協奏曲も交響曲に負けず劣らず壮大だとは思うが……。確かにかの有名な交響曲第1番の冒頭は、壮大過ぎると言われてもしかたないかもしれないが、それ以外はそうでもないんじゃないかなあ。


なんてことを思いつつ、ピアノ協奏曲の話から、今度はピアノの話になった。好きなピアニストや、好きなピアノ曲など。
僕はルービンシュタインが好きだと話したら、「あーやっぱりそうなんだー」みたいなリアクションだった。彼はあまりルービンシュタインに詳しくないみたいだが、どこかで高評価であったことを思い出して納得しているような反応だった。
他にも、僕がクラシックを聴くきっかけになったブーニンのショパンや、最近生で聴いたロジェが好きだという話をしたけど、こちらは御存じなかった。まあいわゆる巨匠ではなかったから、これは仕方ない。
オススメのピアニストを訊かれたので、彼が食いつきそうな巨匠クラスを挙げようと思い、ルービンシュタインは勿論、ゼルキンとギーゼキングとホロヴィッツを薦めてみた。
ゼルキンは知っていたようで、「ああ、ゼルキン良いよね!」という反応。僕の知ってる範囲内だが、村上春樹を好きな人は高確率でゼルキンを聴いている、あるいは知っている。どれかの本に出てきたのかな?


好きなピアノ曲を尋ねたら、シューベルトのニ長調のピアノ・ソナタが好きだという。
彼と話したときは僕まだ読んでなかったから知らないけど、この曲は『海辺のカフカ』に出てくる曲だ。
僕はニ長調のピアノ・ソナタと言われて、最初「うわー、ニ長調のピアノ・ソナタって何番のことだろう……21番じゃないし……えー……」と思った。僕は自称シューベルト好きなので、ちょっと答えられない自分に残念な気持ちになった。何番のソナタ、とかじゃなくて、ニ長調のピアノ・ソナタという言い方をされると、途端にどの曲かわからなくなって、普段自分が調性を意識していない証拠がこんなところに! と少し反省した。
彼に何番か尋ねたが、番号は失念したとのことだ。
しかし彼はその曲の2楽章の天国的に冗長で不完全なところが好きらしい。「天国的に冗長」、これはシューマンがシューベルトの交響曲第8番、通称グレートを評して言った言葉だ。ソナタにもそう言っていたのか僕は知らないが、彼は自信満々にそう言っていた。そして、後になって僕は、『海辺のカフカ』で、登場人物がこの曲をそう評するシーンがあることを知る。


「あんまり好きじゃないピアニストっている?」と彼から訊かれた。初のネガティブな質問だった。僕は、音楽については、あまりネガティブなことを言うと世の中の音楽どんどんつまらないものが増えていくので、極力言わないようにしている。好みは人それぞれだし、自分が好きなら好きで、嫌いなら嫌いで、それでいいじゃないか、と思うタイプなのだ。
まあそこで彼が「僕は“アシュナケージ”の演奏が嫌い」と言う。ほう。“アシュナケージ”と。
彼曰く、“アシュナケージ”のピアノは沢山聴いたけど、どれも好きになれない、という。
うーん、たくさん聴いたのか……そしたらせめて名前くらい正しく覚えていただきたいものだ。


そのとき、クラシック談義をしているつもりになっていた僕は、「ああ、これはクラシックの話じゃなくて、村上春樹の話だった」と思い直すことになった。
言い間違いは誰にでもあるし、勘違いというのも誰にでもある。僕も数年間「ごとうみどり」さんのことを「ごしまみどり」だと思っていたし(笑)
といっても、僕は五嶋みどりさんのヴァイオリンをそんなに聴いた訳じゃない(というかCD2枚くらいしか聴いたことない)。
だから、沢山聴いたと自負し、嫌いだと明言された上に、名前も間違えられてしまうとは、アシュケナージもかわいそうな人だ。
たとえアシュケナージの演奏を好きでも嫌いでも、そんなのは人の好みだから全く構わない。
そういうことじゃなくて、その瞬間、会話中に彼の言っていることがなんだかよくわからないなあと感じることが何度かあったのは、彼が「クラシック音楽よりも村上春樹を好きだから」なんじゃないか、とひらめいたのだ。
アシュケナージの名前を間違えたことは、そう気づくきっかけになった。ピアノが好きな人なら、アシュケナージが好きでも嫌いでも、彼ほどの有名なピアニストの名前を普通は間違える訳がないのだ。


僕の感じていた違和感、つまり、彼は鳥刺し男という言葉にはワクワクするけど「魔笛」を見たことはない、ホロヴィッツは知らないけどゼルキンは知っている、シューベルトのピアノ・ソナタが「天国的に冗長」で不完全、“アシュナケージ”は嫌い、ブラームスの協奏曲は聴くけど交響曲は聴かない、これらはきっと、ストレートにとは言わなくても、ある程度は村上春樹に影響された結果なのだろう。
村上春樹自身がどれだけ音楽に精通しているかは知らないけれど、きっと相当なものなんだと思う。村上春樹は音楽が大好きで、愛していて、だから音楽を聞いているのだと思う。これはまず間違いない。
しかし、ハルキストの彼の場合は、おそらく音楽を好きになる以前に、村上春樹のことが大好きなのだ。村上春樹というフィルターを通して、クラシック音楽に触れ、その魅力を知った。それは素晴らしいことだと思うが、彼の音楽への愛情はまだ、村上春樹の感性という枠から飛び出て自由に音楽の世界に注ぎ込まれるのではなく、あくまで村上春樹そのものに注がれているのだろう。


村上春樹のおかげでヤナーチェクのシンフォニエッタが売れたという話からもわかる通り、その影響力は計り知れない。経営の苦しいレーベルは村上春樹に嘆願して小説に書いてもらえばいいのだ。
でも、こういう売れ方をするのを見ると、一部のクラシックファンが、「けっ!このニワカめ!」と不快感を顕にしたりするものだ。僕としては、まあ少しでもクラシックを聴いてくれる人が増えたんだし、いい事なんだろうなーと考えるようにしている。
ただちょっと気になるのは、音楽の好みまで村上春樹に倣ってしまって、「ハルキが良いって言ってたから好き!」、「ハルキが好きって言っていないから、うーん」という判断基準になってしまうのも、残念な話だと思う。前者はともかく、後者は特にもったいない。音楽評論家がレコ芸でこれは良いこれは悪いなんて言っているのと、読者の層も数も違う訳だ。レコ芸読者の方々はクラシックに精通なさった達人が多いでしょうが、村上春樹の読者にはクラシック初心者も多いし、どんな演奏家がいるかもよくわからない人の方がたくさんに決まっている。
後日『海辺のカフカ』を読んだ限り、ブレンデルやアシュケナージの演奏では、シューベルトのピアノ・ソナタ17番は満足行くものではないらしい。なるほど、満足行く演奏をしないピアニストとして、アシュケナージの名前が挙がっていたのか。それならハルキストの彼がアシュケナージを嫌っても、まあ仕方あるまい。


好きな人の好きなものを好きになるっていうのは世界の真理なんでしょうかね。小学生の頃から、好きな子の好きなものには興味を持ったりしたものだ。
世の中色々なものがあって、色んなモノや人の影響で音楽の好みは変わっていくと思うんだけど、出来ればネガティブな影響は少ない方がいいなあ、なんて思う。嫌いになるなら、自分の目で耳で確かめて嫌いになって欲しい。余計な色眼鏡は外して。
僕はなんとかして、ハルキストの彼に「アシュケナージ」の良いところを説明できないか、ちょっと企んだりもしたが、それよりもまず僕は、うっかり「村上ハルヒ」と言い間違いするのを改善しなければ……。

(2010年08月27日、「ボクノオンガク」掲載時に一部訂正。)