ショパン ピアノ・ソナタ第2番「葬送」:ショパンはよくわからない

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ショパン ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 作品35


有名な葬送行進曲が付いたショパンのピアノ・ソナタである。よくあるゲームオーバー時のBGMで有名とも書かれるが、今やこのゲームオーバー音の方が珍しいのでは。ファミリーコンピュータ世代でしょ。
それ以外の楽章も含め、全体的に短調で暗い雰囲気である。それでも、ふんだんに長調も現れるし技巧的な見せ場もあるし、コンサート向きの名曲なのは間違いない。


シューマンはこの曲がソナタとしての構造を保っていないことを指摘しており、多分、自由な形式への称賛と、これをソナタとすることへの批判の気持ちが混じった気持ちだったことだろう。「将来、この人は間違ってなかったのだとわかる日が来るかもしれない」とも、「まるで魔法にかかったように聴いても、褒めることはない、これは音楽ではないから」とも書いている。名曲であり、また当時は問題作でもあったのだ。


1楽章はバッハの無伴奏チェロ組曲第6番 ニ長調 BWV1012の前奏曲の影響が、そして3楽章に葬送行進曲を配置するのはもちろんベートーヴェンのソナタ12番Op.36「葬送」の影響と言われている。ショパンはベートーヴェンの葬送ソナタを愛し、自分でもよく弾いたし他のどのソナタよりもアナリーゼして生徒のレッスンにも多用した。と“The Cambridge Companion to Chopin”に書いてある。
しかし同じピアノ・ソナタ「葬送」と呼ばれていても、ベートーヴェンとショパンでは全く違う。ベートーヴェンの葬送ソナタは1802年に出版、1827年にベートーヴェンが亡くなり、それからさらに十数年経ち、1837年にショパンは作曲に着手した。1840年に出版。古典派の時代、つまりソナタの覇権の時代は過ぎ去り、ピアノ作品の有り様もすっかり変わったロマン派の時代である。


話は逸れるし、偏見なので読み飛ばしていいんですが、ロマン派のピアノ作品って好きな人はとことん好きで、嫌いとか苦手とか理解できないという人も結構いるんだな……と、長く音楽ファンをやってようやくわかってきた。
特にショパンは「ピアノの詩人」と言われるほどピアノ音楽を代表する作曲家なだけに、ファンも多いがアンチも多い。アンチは結構だし理由も人それぞれだろうけど、僕の経験上、ショパンを嫌いとか理解できないと言うクラシック音楽ファンは、なぜか大体ブルックナーが好きで(※偏見です)、あと弦楽器経験者だったりする(※偏見です)。
当然そうでない人もいますよ、ピアノ好きでショパン嫌いって人もいますよ。ただオーケストラや弦楽器、あるいはオペラなんかを熱烈に愛していながら、ショパンやピアノ曲とみると「ショパン?ピアノ?私、苦手なんです、よくわからないんです~」と敬遠するクラシック音楽ファンは、これは建前であって、内心はピアノを見下してるんだな……と、長く音楽ファンをやってようやくわかってきた。
シンフォニーやオペラを理解できる方法論を持っていてロマン派ピアノ小品を理解できない訳がない。実はショパンでなくても、管楽器や打楽器でも、J-POPでも演歌でもヒップホップでもアニソンでもそうだけどね。見下してますとは言えないから、わからないとか苦手とか、そういう物言いをするっていう人、本当にいるんだよ、僕も大人になってわかってきたよ……。
なお、ピアノしか聴かずにオーケストラやオペラを「よくわからないんです」という人も多いが、これは文字通り、本当にわかっていないことが殆どである。リヒテルもオペラ通だったし、ピアノファンはぜひ見習っていただきたい。


さて、なぜこんなことを書いたかのか。確かにブルックナーの交響曲と、ショパンの小品などは、同じロマン派とはいえ音楽的には対極に位置するような作品には違いない。
しかし僕は、ショパンのソナタ2番の2楽章スケルツォを聴いているとき、ふとブルックナーのスケルツォのような、どこまでも広がる大伽藍のような、たかだか人間の一個人の感情の吐露だったはずが何処か無機的な別世界へ連れていかれるような、そんな錯覚に囚われたことがある。錯覚と言ったのは、これがブルックナーにしろショパンにしろ、おそらく多くの人が言うような「正しい解釈」ではないと、自分でも思うからだ。
感情の王のようなショパンのピアノで、ある種淡々と突き進むブルックナーのスケルツォのようなものを想起するというこんな無茶苦茶がありえるのは、僕の不理解のせいだろうが、少なくとも僕がショパンもブルックナーも両方大好きだから起こり得たのだと思っている。
無論、常にそういう風に聴くわけではない。演奏のせいなのか、僕の気分のせいなのかも不明だ。でも、ちょっと近似を探して色々聴いてみると、ザラフィアンツやガヴリーロフなどのスケルツォは、ショパンの王道とはまた異なる、異様な面持ちだ。


第1楽章Grave – Doppio movimento、短い4小節の序奏はグラーヴェつまり重々しく、ドッピオ・モヴィメントつまり倍の速さで、ここからも常に不穏である。穏やかじゃない。リリカルなパッセージは各所に散りばめられ、穏やかな時間もあるにはあるが、それが僅かにしか感じられないのだ。
第2楽章Scherzo、普通に考えれば、およそブルックナーのようなスケルツォでもなく、当然それは伝統的スケルツォとは異なり、もっと悪辣で物騒な雰囲気。ノクターンやバラードでも見られる、ショパンらしい激しいコントラスト。美しい変ト長調のPiù lentoも、ああ短い、でも、この短さなのよ。
第3楽章Marche funèbre: Lento、シューマンは「反発される要素さえある」(der sogar manches Abstoßende hat)と書いているが、顔を背けたくなるほどの暗さだ。その分、葬列の接近に一瞬だけ光が当たるような、あるいは幸福な時間を一瞬だけ振り返るのような変ニ長調の転調、この瞬間の美しさは何者にも代えがたい。まあ、それもシューマンが書いてるけどね。この曲は実際の葬儀はじめ様々なBGMなど実用音楽として用いられている。
第4楽章Finale: Presto、これはなんなんだろう。毎回思うけど、訳がわからない。わからないけど、圧倒される演奏には出会える。わかりたい気もするし、わからなくてもいいのかもしれない。さっぱりわからないけど、苦手でも嫌いでもないし、むしろ大好きである。そして最高のリスペクトを持った上でこう言える、「ショパンはよくわからないんです」。


【参考】
Baur, E.G., Chopin, oder, Die Sehnsucht: eine Biografie, Beck C. H., 2009.
Samson, J.,(ed.), The Cambridge Companion to Chopin, Cambridge University Press, 1994.


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