キャラブレ イヌイット・ゲームズ:音楽と文化へのリスペクト

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キャラブレ イヌイット・ゲームズ

さあ、お待たせいたしました、クラシック音楽ブログの中で最もウケの悪い現代音楽に関する記事です。最近は、現代音楽については書いてもどうせアクセスが少ないので、逆に好き放題書けるなという、変な安心感のようなものさえ感じるようになった。
T・パトリック・キャラブレ(1958-)はカナダの作曲家。ブリティッシュ・コロンビア大学で音楽を教えるほか、ラジオ番組でも活躍しているそうだ。十二音技法を駆使した作風で現在も音楽活動中。そんなキャラブレの一風変わった作品であり、また彼の代表作でもある“Inuit Games”、「イヌイットの遊び」を紹介しよう。

カナダ北部の氷雪地帯に住む先住民族、イヌイットの「喉歌」という伝統的な歌唱がある。女性2人が顔を突き合わせ、喉を詰めたような歌い方で声を出し、どちらが笑わずに長く続けられるかを競う、声版のにらめっこのような遊びだ。この喉歌は「カタジュジャク」とか「カタジャック」と呼ばれる。昨年3月には、イヌイットの血を引く若い女性が母と一緒に喉歌を歌った動画をティックトックやインスタグラムに投稿し話題となったそうだ。
「喉歌」も世界中に様々な文化として存在するが、イヌイットの喉歌は声と息を使って自然の音を模倣したり、2人の間で掛け合いをしてリズムやテンポを変化させていったり、あるいはメロディが生まれたりと、ある種の即興演奏的な面白さがある。
キャラブレは、このイヌイットの喉歌を2人の女性がそのままやっているところに、背景としてオーケストラを設置し、この伝統文化にしかない音色、リズム、独特なユーモアを支え、また相互に作用させようという、なかなか変わった「協奏曲」のような音楽を作った。
8分ほどの短い作品で、上のCDに収録。喉歌はPauline PemikとInukshuk Aksalnikの2人で、アンドレイ・ボレイコ指揮ウィニペグ交響楽団による録音。これ以外にも、トロント交響楽団が演奏動画をフルで載せているので、それを見てもらった方がより楽しめるだろう。歌はウィニペグ響と同じ2人が担当し、ピーター・ウンジャン指揮による演奏。

トロント交響楽団のページでは教育用プログラムとして用いられている。どのタイミングでどの楽器が鳴っているかがわかるよう図解されており、「イヌイット・ゲームズ」の動画と同じ画面で見ながら学ぶことができる。これはすごい。

また、歌の一人であるInukshuk Aksalnikのインタビュー動画もあって興味深い。少し書き起こして意訳しておこう。
「私たちがやっているのは自然の模倣です。風のような歌、夏に泉へと流れる川から聴こえてくる歌など、さまざまな歌。また、基本的には、周りにあるすべての小さなものが対象です。目を閉じて私たちの歌を聴けば、風の音が聞こえたり、ガチョウが飛ぶ音が聞こえたりするでしょう」
「私が初めて生の喉歌を聴いたのは14歳のときで、その時に喉歌の歌い方を学びたいと思いました。カナダや世界中の人々にこの文化の芸術的な面を紹介し、私たちがどこから来てどこに行くのかを人々に教えることができることは、本当に重要なことなのだと、20年かけて学びました」

僕も別にこの辺りの文化について詳しいわけではなく、調べて書いているだけなんだけども、イヌイットの喉歌は必ずしも「にらめっこ」的な勝負をするものではないようだが、キャラブレの作品では一応勝ち負けが決まりお互いに笑っているのが、なんとも微笑ましい。正直、笑わせた方が勝ちなのかどうなのか、この動画を見てもよくわからないし、何なら他の喉歌の動画を見てもよくわからないが、とにかく満足そうであり、幸せそうではある。
実際にイヌイットがこの遊びをする際に、周囲が全くの無音ということはないだろうし、自然の何かしらの音がある中で行われるものと想像できる。キャラブレはオーケストラという特殊な環境を喉歌の歌手に提供しているし、オーケストラもまた自然模倣らしい音を出す。弦楽器のグリッサンドや、ヴィブラフォンの音などは特徴的だ。

少数民族の文化を用いることは「文化の盗用」というデリケートな問題とも近い話題だ。だがこの曲については、そもそもイヌイットの喉歌歌手がいないと成立しないし、西洋古典音楽の権威たるオーケストラとの力関係を見ても、むしろイヌイットの伝統文化への多大なリスペクトを感じる。
音楽あるいは文化へのリスペクト、特に権威側から弱い立場の音楽や文化に対する「敬意」のあり方というのは、時代や状況、互いの関係性などで変化しうる、まことに繊細なものだと思う。このキャラブレの作品でさえ、批判されても何らおかしくはない。
しかし最近、自身の文化が用いられて喜ぶ者に「その用いられ方はおかしいのでは」と批判したり、楽しんでいる人に「本当はあなたの文化が貶されているのではないか」と忠告すること自体に対して「それはクリエイターへのリスペクトがない」と言い張る文言を見て、文化のレベルから個々人の感情レベルにするという、そういう返し方があったかと、目からウロコだった……。確かにクリエイターの気持ちは害される。だがそこにリスペクトがないかというと、そんな訳がないのだ。ご気分を害する不器用なやり方かもしれないが、リスペクトがない者がどうして文化の危機を叫べよう。そして逆に、今までその文化の良き理解者とは到底言えず、それどころか目の敵のように扱い、あまつさえそれを利用しようとした際は失敗続きという最悪な運用をしてきた権威側が、非難轟々の現場でその文化を利用するということ、ここに果たして本当に文化ないしはクリエイターへのリスペクトがあるのだろうか。
別に正解は知らない。これから先、1年後、10年後、100年後、その音楽や文化がどのような道をたどることになるかは、誰にもわからない。ただ、作曲家の喜びを否定してまで伝えたかったものは何なのか、「音楽と文化へのリスペクト」とはどういう形をもってして具現化されるのか、素人ながら僕も音楽愛好家の一人として、これからも見ていきたいところだ。


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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