グリーグ 組曲「ペール・ギュント」第1番、第2番
実に3年ぶりとなるグリーグの曲についての記事だが、ペール・ギュントを選んだのは、最近朝の気温がぐっと低くなって、なんとなくだが、この北欧の空気を楽しむのにふさわしい季節になってきたからだ。
僕はいつも、ついつい「北欧」とひとまとめにして話をしがちなのだが、各国の音楽には、共通する空気とそれぞれ異なった空気があることには異論はないだろう。
日本人から見れば、中国や韓国との差は大きなものであっても、西洋からみたらそこは東アジアであり、海外旅行に行けば一番数が多くて当たるはずの“Are you Chinese?”と言われるものだ。
北欧も、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン、デンマーク、アイスランド、それぞれに味の異なる音楽がある訳だが、なかなか素人にはその違いを明確に言うのは難しい。
そういう意味で、シベリウスのフィンランディアにフィンランドの思いが詰まっているのと同じように、この「ペール・ギュント」は、グリーグの音楽の中でもひときわ「ノルウェー色」の濃い作品である。
劇付随音楽からの組曲編曲で、もとになる劇は、それこそノルウェーを代表する作家ヘンリク・イプセンによるもの。イプセンの脚本とグリーグの音楽、実はこの2つの間の関係も、なかなか一筋縄ではいかない。
イプセンの描くストーリーは、奔放な性格の主人公ペール・ギュントの旅を通してノルウェー人の民族性を描いているとも言われるが、そもそもイプセン自身はあまりノルウェーを好きではなかったようだ。今はもちろん、ノルウェーの巨匠ということになっているが。
ヴィクトリア朝価値観に対抗するような背徳的な戯曲にグリーグが音楽を付けるのはさぞ苦労しただろうが、このグリーグの音楽が、イプセンの戯曲に対して抒情的すぎるきらいはあるが、実にノルウェーへの思いの強いものになっている。
グリーグのイプセンの戯曲への態度はいかなるものか明らかではないが、少なくともわかるのは、現代でもイプセンの劇は非常に人気があるということ、そしてグリーグのこの組曲もまた非常にポピュラーな作品となっていることだ。
かの有名な「朝」は第4幕への前奏曲である。イプセンはこれを「多くの国の国歌による一種のコラージュ」として要求したようで、実際はサハラ砂漠の日の出のシーンなのだが、この澄んだ空気はどう考えても北欧、ノルウェーの空気である。
「アニトラの踊り」や「アラビアの踊り」は、確かに異国情緒あふれる音楽だが、基本的にはノルウェーの空気感に支配されていると言っていい。
話は少し変わるが、グリーグが自身の交響曲を作曲したのが1864年。しかし1871年、同じノルウェー出身の作曲家スヴェンセンの交響曲を聴いて、自身の曲がスヴェンセンに比べていかにもドイツ風で、民族色のないことを恥じ、この交響曲を公開するのをやめてしまう。
それ以降、グリーグの音楽が民族色を打ち出すようになったのは言うまでもない。グリーグにペール・ギュント作曲の依頼が来たのが1874年、完成が1876年。彼がノルウェーの作家のためにノルウェーの音楽を作ろうと熱を帯びていた時期ではないか。
数ある北欧クラシックは、僕らから見ればやはり涼しげなその空気感が魅力だが、その温度ではなく、香りを楽しむのもまた一興だろう。
北欧に精通している人でないとなかなか判別するのは難しいかもしれないが、ひとまずは朝の空気が少しでも北欧もといノルウェーに近づいてきた時節、この曲でノルウェーの空気を思いっきり感じ、学び、楽しみたいものだ。
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都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more