ヴォーン=ウィリアムズ 南極交響曲
夏なので涼しくいきたい。ヴォーン=ウィリアムズの南極交響曲は、そういう意味で非常に都合の良い曲だ。
その曲名(Sinfonia antarctica)からも冷たいイメージが伝わってくるが、聴いてみればまさしくその冷却感(?)がひしひしと伝わる。これは涼しい。
冗談はさておき(と言っても半分本当なのだが)、イギリスの作曲家ヴォーン=ウィリアムズは、9曲の交響曲を残しているが、この南極交響曲は番号で言うと第7番に当たる。
もとは映画音楽であり、それを交響曲に編纂したものである。1947年の『南極のスコット』という映画で、プラハ映画祭で音楽賞を受賞した。1949年から1952年に編曲され、初演は1953年。
映画のための音楽なので、オーケストレーションは自由で大きい。女声合唱やソプラノ独唱に加え、パイプオルガンやウィンドマシーンまで使うという豪華さ。
その豪華さのせいで録音や演奏が少ない、と言いたいところだが、案外録音されるし演奏される機会もある。まあ国内ではめったにお目にかかれないのだが。
全5楽章で1.前奏曲:アンダンテ・マエストーゾ、2.スケルツォ:モデラート~ポコ・アニマンド、3.風景:レント、4.間奏曲:アンダンテ・ソステヌート、5.終幕:アッラ・マルチア、モデラート(ノン・トロッポ・アレグロ)という題名と、それぞれの楽章の最初に色々な詩の引用が書かれている。
すべて書くと長いので割愛するが、これを朗読したりする音源もある。ぜひ聴いてみていただきたい。
涼しいという理由は、やはりその音色が作り出す雰囲気だ。シロフォン、グロッケン、チェレスタ、これらの楽器の音を巧みに用いて、氷山や氷の平原、氷の岩のイメージを作り出している。
ちょうどサン=サーンスの動物の謝肉祭の「水族館」や「化石」のような巧みさがある。
また、うなる低音はクジラの声、コミカルなトランペットがペンギンを、というように、動物たちとの出会いの場面も描かれる。
そうした涼しさという魅力が随所にあるので、随所で涼むことができる。もちろんそれだけではどうしようもないので、もう一つ語りたいのは、人間の情熱の熱さがあるという点だ。
これでは涼めないじゃないかというツッコミはなしで。容赦なく立ちはだかる大自然に対する男たちの決意が、1楽章の冒頭から歌われる。この主題は循環形式をとって用いられる。明らかに回避することができない悲劇を前にした、魂の奥底からの響き。
女声とウィンドマシーンは、この冷たい気候の厳しさを一層はっきりと表現する。
聞き所はたくさんあるのだが、やはり全停止の直後のオルガンの爆発を挙げたい。疲れ果てた人間たちにのしかかる崩壊。
かくの如きクライマックスを経て、音楽は楽観的な風に再帰するも、最後は悲歌的な終わりだ。天候は吹雪。言葉なき声が響く。
ドビュッシーのような絶妙な描写と、英国民族音楽らしい素朴ながら人間の力が込められた歌が混在している。一方は涼しく、他方は熱い。これは魅力的な音楽だ。
Sinfonia 7 / Sinfonia Antartica / Sinfonia 8 Ralph Vaughan Williams,Kees Bakels,Bournemouth Symphony Orchestra,Lynda Russell,Waynflete Singers Naxos |
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more