小川寛興 交響曲「日本の城」:内に燃える日本人としての意識

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小川寛興:交響曲「日本の城」


小川寛興 交響曲「日本の城」


「城」というのは実にわかりやすいテーマだ。そして大変に懐が深い。日本の伝統文化は数あれど、古来より日本に根付き、形として現代にも残っているもののうち、何よりそのスケールと存在感が圧倒的なのはまさしく「城」であろう。
明治元年(1868年)から起算してちょうど100年目となる昭和43年(1968年)、日本独自の美しさと力強さを表現する交響曲を作るという目的で、キングレコードが作曲家の小川寛興に委嘱。小川氏は大正14年生まれ、帝国劇場のミュージカルの作曲と指揮を担当したり、テレビやラジオの音楽、歌謡曲などの作曲も行った人物である。ドラマの月光仮面の主題歌『月光仮面は誰でしょう』を作曲したのも小川氏だ。
そんなポピュラー音楽にも理解のある小川氏こそ、キングレコード側の要求――難解でなく、美しい旋律を多用し、日本的な和声やリズムを盛り込んだ、芸術性を保ちつつも親しみやすい音楽が実現可能な音楽家だったのだ。
この作品の大きな特徴は、まず編成の大きさだ。2管構成のオーケストラに混声合唱、そして和楽器の合奏。龍笛7(独奏1+合奏6)、雅楽琵琶1、薩摩琵琶1、尺八1、箏2、十七弦箏1、小鼓1、大鼓1、ホラ貝1、胡弓1。これらの楽器の量感的なバランスが上手く整えられている。小川氏の管弦楽法の巧みさは月光仮面のテーマからも推して知るべし。
そしてもう一つの大きな特徴は楽章にある。5楽章構成で1楽章「き(築城)」、2楽章「天守の城」、3楽章「戦いの城」、4楽章「炎の城」、5楽章「不滅の城」。「城」を様々な角度から取り上げて描くことで、「城」と「人」、つまり、城を通して昔から現代まで脈々と続く日本人の心の底に流れる精神をも描き出しているのだ。


実は1楽章から4楽章までは、和楽器が一つソロ楽器としてフィーチャーされ、協奏曲風に作られている。1楽章「き(築城)」では箏がソロ楽器として、目眩く築上の絵巻が展開されていく。龍笛の響きがテーマを奏で(このモティーフは曲全体を貫く“き”のモティーフとなっている)、箏協奏曲が始まると、ホルンやフルートなど管楽器も活躍し、5拍子でリズミカルな音楽。人々はこれから出来上がる壮大な城を思い浮かべ、心躍らせるのだ。なお、この楽章は日本テレビ系の長寿番組「ザ!鉄腕!DASH!!」でも、TOKIOのメンバーが何か建物を作っているシーンで流れたとか。
2楽章「天守の城」は尺八がソロとして、城下町を見下ろす天守に平和の祈りを歌う。現代に残る城はもう戦争に使われることは無いけれども、当時の人々にとって、なるほど城は戦の象徴でもあり、かつまた天下泰平の象徴でもある。その相反するどこか不安定な雰囲気が、この楽章では上手く描かれている。
3楽章「戦いの城」、龍笛がソロ楽器のこの楽章は大河ドラマのBGMのようだ。副題の通りの戦の様子が描かれ、法螺貝はブオーと鼓はポンポコポンと、少し気恥ずかしくなる、なんて言ったら怒られるかもしれないが、打楽器が多用され、目まぐるしく変わる様子は戦の騒乱そのもの。
4楽章「炎の城」では、とうとう城が落ちる。その運命を決定するように、1楽章で龍笛が奏でた“き”のモティーフが、金管の低音で奏でられる。響きはまるで伊福部昭の怪獣映画音楽のようだ。絶望と混乱。悲劇的な一幕である。ソロ楽器の琵琶と胡弓が味わい深い。薩摩琵琶は苦痛の叫びを掻きむしり、炎が消えて煙となったとき、そこから現れる胡弓の悲哀に満ちた声。続く合唱はまた人々の諦観の声。
5楽章「不滅の城」、城の持つ全てのイメージを集約させた音楽がここで高らかに鳴り響く。合唱も含め全楽器が活躍し、城の歴史性、建築的な美、日本の原風景とも言える自然と調和した城の有り様など、日本人が城から感じる不滅すなわち「生」のエネルギーが讃えられている。この楽章の良いところは、曲の終わりまで声を大にした讃歌なのではなく、最後は静かに、「城」の永遠性を表現するが如く締めくくっているところだ。
小川氏は作曲に当たって、「私は日本または日本人というものを探求する気持ちで日本各地を回り、名のある城はもちろん、無名の城跡も可能な限り見学しましたが、その結果、私は私自身の内に燃える日本人としての意識を強く感じたのです」と語る。この曲を聴くことでもきっと、自身の内に燃える日本人としての意識を感じざるを得ないだろう。

小川寛興:交響曲「日本の城」 小川寛興:交響曲「日本の城」
日本フィルハーモニー交響楽団,キング混声合唱団,菊地悌子,園田芳龍,横山勝也,後藤すみ子,薗武史,堅田喜三久,薗広茂,荒川マリ子

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