ジェイコブ ウィリアム・バード組曲:偉大なる編曲家

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British Band Classics


ジェイコブ ウィリアム・バード組曲


先日の某アニメ音楽のオーケストラコンサートで編曲に対する感想も書いたのだが、素晴らしいアレンジとはどういうものかを味わえる名曲を取り上げよう。
このブログでも何度か名前を出している英国の作曲家、いや敬意をもって「編曲家」と呼びたい、ゴードン・ジェイコブ(1895-1984)の最も有名な作品、「ウィリアム・バード組曲」である。ジェイコブは王立音楽院でスタンフォードやボールト、ヴォーン=ウィリアムズに学び、後に母校で教鞭を取りマルコム・アーノルドやイモージェン・ホルストらを指導した。
非常に幅広いジャンルにおいて多作であったジェイコブだが、いまや吹奏楽の世界で名前をたまに見かける程度。しかも何しろ世の「吹奏楽人」なる人たちは吹奏楽以外の音楽に極端に無知というか無関心な人が多いため(急にディスってごめんなさい、でも本当のことだし)、ジェイコブが多くの素晴らしい編曲を残していることを誰も広めてくれないので、ここで少しアピールしておこう。


吹奏楽→管弦楽であれば、ヴォーン=ウィリアムズのイギリス民謡組曲のオーケストラ編曲も名アレンジ。ホルストの「吹奏楽のための第1、第2組曲」といった超名曲のアレンジもある。
また忘れてはいけない偉業としてエルガーのオルガン・ソナタ第1番のオーケストラ編曲がある。ブライトコプフから楽曲の権利を取得した英国の出版社がこの曲のアレンジをすることを決め、指揮者ボールトの薦めでジェイコブに委嘱することになったのだ。ハンドリー指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルが初演以来の復活録音をした際はさながら「エルガーの交響曲第0番」だというキャッチで目を引いた。
他にも、僕はシベリウスの「樹の組曲」の記事を書いたときに知ったのだが、同曲や「花の組曲」を編曲してバレエ音楽にした「シャロットの女」(The Lady of Shalott)という作品もあるそうだ。


まだまだ埋もれてしまって世に再び出ることのないアレンジが多くあるはずだが、これから出てきてくれると信じている。
「ウィリアム・バード組曲」も、元は管弦楽曲だが、現在は吹奏楽の古典レパートリーである。王立音楽院の学生時代に作曲され、これが出世作となった。
16~17世紀のイギリス鍵盤作品を集めた「フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブック」の中から、ウィリアム・バード(1543?-1623)の作品を6曲抜粋し編曲。1923年のバード没後300周年を記念した作品で、翌年にはウェンブリーの大英帝国博覧会で軍楽隊版が披露された。第一次大戦後の大英帝国らしく、エリザベス朝の音楽に国民性や英国らしさを求めて……と、そんな時代である。
原曲はヴァージナル(チェンバロの仲間)という楽器の特性上、減衰音であり装飾音やアルペジオが多用され、決して管楽器の合奏に適している訳ではないが、そこをどうするかこそ、名アレンジャーとしての腕の見せ所である。
第1曲「オックスフォード伯爵の行進曲」(The Earle of Oxford’s Marche)は、どう考えても吹奏楽に合う選曲だが、これが実に上品で、英国らしい軍楽隊マーチになっている。スケール感も盛り上がりも良い。
第2曲「パヴァーナ」(Pavana)もアレンジの見事さ。この曲は和声を活かした、美しいコラールのようだ。
第3曲「ジョン、さあキスして」(John come kiss me now)もオーケストレーションがいい。元々吹奏楽の曲じゃないかと思うほどである。短い曲だが、編曲は実は大暴れしている。これでこそ、生まれ変わった音楽を聴く意味があるというものだ。最後に入るオブリガードのトランペットの愛らしさ。
第4曲「乙女の歌」(The Mayden’s Song)は美しい金管楽器のハーモニーにうっとり。なんて気軽に聞いていると、ホルストの1組シャコンヌ顔負けの大盛り上がりを見せるから覚悟して欲しい。
第5曲「ウルジーの荒野」(Wolsey’s Wilde)もシンプルな素材を様々な音色で表現しており、また原曲の持つ可愛らしさも相まって、とても楽しい曲だ。
第6曲「鐘」(The Bells)も、すごい。冒頭のオーケストレーションはあっぱれである。ぜひ聞いて確かめて欲しいですね。鐘がカラーンカラーンと鳴る音のように同和声を揺り返しつつ進む曲だが、最後には本当に鐘が鳴る。これが出来ちゃうのがアレンジの意義にほかならない。トロンボーンのグリッサンドまで入ってくる。管楽器の爆音で大団円へ、女王陛下万歳!といった感じだ。最後に鐘の音の響きを残す演奏もいくつかある。これもまた良い。


山尾敦史氏は、編曲にあたってジェイコブはソロ楽器にメロディを吹かせるのではなく、全体のハーモニーやコード進行を重視したと指摘している。要は安直に、この旋律をこの楽器、あの和音はこの楽器で、という移動作業ではないのだ。吹奏楽の特徴に合わせて、吹奏楽の魅力を引き出すような、そんな音楽へと生まれ変わっている。
この編曲のダイナミクスやニュアンスの付加について、吹奏楽の大物指揮者フレデリック・フェネルはこう書いている(だいぶ意訳)。「これは婚礼、見えないものに陰影を付けるという婚礼です。実際に彼が確立するまで想像することさえ不可能だったでしょうが、完璧にバードの音楽に適合しています。他人の音楽を改編することにおいて、こういった感覚は滅多に受け入れられないのですが、リムスキー=コルサコフやオットリーノ・レスピーギなどの、この分野のエリートたちの仲間にジェイコブも加わったのです」
原曲にできないことを堂々とする、これこそ編曲者の音楽性に他ならない。原曲を破壊するのではなく、敬愛を込めて大改造することに成功した例である。ゴードン・ジェイコブ、なんと偉大なる編曲家。

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Author: funapee(Twitter)
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