ロサウロ マリンバ協奏曲
多くのプレイヤーに愛されているが、音楽鑑賞を趣味とする人には知名度の低い楽曲というのは世の中たくさんあり、このロサウロのマリンバ協奏曲もその一つだろう。
ブラジルの作曲家、マリンバ奏者のネイ・ロサウロ(1952-)が作曲した、1986年の作品であるマリンバ協奏曲は、プロ・アマ問わず広く愛され、世界中で演奏されている、マリンバ協奏曲の大人気作品である。
もともとはマリンバと弦楽合奏のために書かれ、作曲者の息子に献呈された。初演は1986年、ロサウロ自身のソロとマヌエル・プレスタモ指揮マニトワック交響楽団によって行われ、同年ブラジルでピアノ伴奏版の初演も行われた。
ピアノ伴奏版の他にも、打楽器アンサンブル伴奏やシンフォニックバンド版、ウインドアンサンブル版、ブラスバンド版など、多くのバージョンが出ており、それだけ需要があるということだ。
何も人気があるから名曲なのだと言いたいわけではない。多分、いわゆる「聞き専」のクラシック音楽オタクにとっては、箸にも棒にもかからないような曲に思われるかもしれない。特に、ベートーヴェンやブラームスは愛するけど吹奏楽のためのオリジナル作品とかを蔑むような人にとっては。
まあまあ、いかにも80年代後半くらいのオリジナル作品だなという趣きはある。同じマリンバを使ったクラシック作品と比較しても、例えばミヨーや三善晃、三木稔、あるいはライヒなどの音楽から感じうる深い思念などはない。ロサウロ自身も、作曲する際は深いことは考えない、ブラジルの音楽の楽しさを表現したい、というようなことを語っている。
なんでこんなことを書いているのかというと、僕はこの曲が収録されているCDである、打楽器奏者エヴェリン・グレニーのアルバム「リバウンズ~パーカッションのための協奏曲集」の、CDジャーナルのミニレビューを見て、衝撃を受けたというか、苦笑してしまったからである。「古典的な安心感の中で美しく聴ける三善作品とミヨーに比べて86年の作品や90年の作品の紋切型ってどういうこと?」と、まあ評者としてはバッサリ切り捨てたつもりなんだろうが、あまりにもお粗末でびっくりしてしまったのだ。なお90年の作品はベネットのものである。古典を上げて現代を下げる、紋切型なのはレビューの方である。
確かに音楽の内容としては、上にも書いたが「いかにも」感が強いから、嘘は書いていないだろう。しかし、このエヴェリン・グレニーのマリンバと、ポール・ダニエル指揮スコットランド室内管の1991年録音は、下手をしたら「紋切型」で、現代の音楽界で量産されては消費され消えていく各種コンクール向け作品のような末路を辿ることになっていたかもしれないロサウロのマリンバ協奏曲を、一気に世界中のマリンバ愛好家たちに広げることになった演奏なのである。
いや、厳密に言うと、ロサウロのマリンバ協奏曲がウィスコンシン州の地方オケでの演奏でとどまらずに世に出るきっかけになったのは、1990年のエヴェリン・グレニーとロンドン交響楽団による演奏ビデオとCDだと言われている。これによってイギリスで人気を博し、世界へと広がっていった。
しかし、このロンドン響とのCDとビデオについては、現在では入手どころか詳細な情報も残っていない。CDについては僕は知らないし、ビデオはおそらく某動画サイトに上がっているもののことだろうか。確証はないが、若きアレクサンダー・ブランシックやポール・ダニエルが映っているようにも見える。演奏はというと、圧倒的に素晴らしいもの。その翌年、91年に大手であるRCA Victorがリリースしたのが、先に紹介した録音である。これも演奏はロンドン響のものと同様のアプローチで素晴らしい演奏。普及に一役買ったことだろう。
ということで、あまりにお粗末なレビューで切り捨てられた仇討ちをしたい!と思ったのが、これを書いておこうと思ったきっかけ。
エヴェリン・グレニーについては有名なので説明不要だろうが、12歳で聴覚をほぼ失うも体感で演奏し活躍する打楽器の名手。この素晴らしい演奏のおかげで、ロサウロの協奏曲の魅力は最大限に引き出され、これを聴いたマリンバを演奏する人なら「自分もやってみたい!」と思うこと必至だ。こうしてロサウロの協奏曲はマリンバ協奏曲というジャンルの歴史に名を残すこととなった。
4楽章構成で、演奏時間は20分弱。片手ロールや、伴奏+オクターブ旋律などマリンバは高い技術を要するが、ロサウロはよく配慮しているので、手の動きがエゲツないという事態にはならない。それゆえ、プロからアマチュアまで愛されている。
1楽章Saudação (Greetings)、変拍子が生むグルーヴが絶妙だ。多彩なリズムの組み合わせは穴埋めパズルのような楽しさもある。流麗なストリングスの伴奏に、跳ねて転がる活き活きしたマリンバ。楽しいなあ。
2楽章Lamento (Lament)、緩徐楽章である。フラジオのヴァイオリンにマリンバの悲歌、孤独で泣いているようだが、このリズム、南米の悲歌なんだろうなあと、情景も浮かぶ。ここはマリンバとオケの掛け合いが聞き所だ。中間部のマリンバの歌も美しい。この歌い方に耳を澄まそう。後半はマリンバの伴奏で歌うストリングス、この部分も短いのだがとても美しい。
3楽章Dança (Dance)、ここで更に美しいメロディが登場するから驚きである。なるほど急緩急の構成にこれを挿入したくなる作曲者の気持ちもわかるなあ。カノン風なパートや速い連打と、実に多彩でもある。
4楽章Despedida (Farewell)、やたらカッコイイ旋律、これはファイナルファンタジーの戦闘曲ですね。わかる人は絶対にわかる、FFの戦闘っぽさ。こういうのを、頭の固いクラシックオタクは「紋切型」とか言って切り捨てるんでしょ、現代曲は無調だったりするとよくわからないから叩けないくせにメロディーがあるとすぐ「浅い」とか言って叩くんだから……すいません、愚痴ってしまいましたが、楽しい変拍子。速く演奏するとマリンバはかなり高難易度だろう。ゆっくりなら素人でもできるが、ノリとグルーヴを生むテンポだと聴いていて興奮する。カデンツァでは今までの楽章の振り返りがあり、曲の最後は駆け抜けるように終わる。
人気作品であり演奏も多いから色々聴いて楽しめるのだが、アマチュアが楽しんでやるものとプロが出す商品では意味が違うわけで、当然上手い下手の差は大きい。さらにバージョンの違いでも印象は大きくことなる。
例えば吹奏楽伴奏だと、かなりラテンの雰囲気は出るが、いかんせん弦楽合奏とは敏捷性が違うので、まあお好みで。ロサウロ自身も何度も演奏しており、ご本人に言うのもあれだが、結構弾けていないし(作曲もしてるしね)、ロサウロは遅めのテンポで弾くのが好きそうである。というか、速いとめっちゃ難易度が上がるし、打楽器や管楽器のアンサンブル合奏では技術的にも音の響き的もしんどいものがある。
だから僕は弦楽合奏版を推すのだけど、実は正規盤は少ない。最近出た、マンチネッリ独奏、ロベルト・モリネッリ指揮ボルツァーノ・トレント・ハイドン管の2018年録音は待望の新譜である。他にも動画サイトに上げているものはるが、上手いなあと思ったらソリストがゴリゴリにアドリブを入れていたりして、それはそれで構わないんだけど、正当な評価はできなくなってしまう。
と、そこでグレニーの演奏なのである。ソロの技術、メリハリの大きさ、歌い方、何もかも規格外だ。弦楽合奏でこそ可能な超高速テンポで流れるようなストリングスに、技術的な不安のないどころか、むしろ最高に格好良く聴かせるグレニー、さすがだ。演奏する愛好家はぜひ参考にしてもらって、聴くだけの愛好家にも自信を持っておすすめできる。今後もさらなる名演の誕生を期待しよう。
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more