モーツァルト ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 K.478
「ワルシャワの音楽サロン」というCDがある。アルテ・デイ・スオナトーリというアンサンブルが、18世紀後半から19世紀の初めに流行したポーランドのサロンの音楽を録音したというものだ。ショパンがワルシャワで暮らした19世紀初めには約12もの音楽サロンがあったそうで、そのCDではエルスネル、レッセル、シマノフスカの作品に並び、モーツァルトのピアノ四重奏曲第1番も録音されていた。
僕はモーツァルトのこの曲が大好きなので「おお、こんなところで!」とショパンの時代のモーツァルトについて何かわかるかなと期待したところ、Bookletを読んだら「当時のワルシャワのサロンでこの曲が演奏されたかどうかはわからないが……」と書いてあり、ズッコケてしまった。ただまあ、モーツァルトが演奏されたこともあったでしょう、多分。
モーツァルトがピアノ四重奏曲第1番を作曲したのは1785年10月。歌劇「フィガロの結婚」を作曲していた時期に合間を縫って作られたそうだ。出版社のホフマイスターが「アマチュアが演奏するために」という目的で3曲依頼したものの、作品は「アマチュア演奏には難解過ぎる」と批判され、結局2曲しか出来上がらなかった。
曲自体は高く評価されていたようで、当時から「アマチュアが演奏するのと、卓越したマイスターが演奏したときの違いはどれほどあることか!」と指摘されており、モーツァルト作品は現代でもそのように思われがちだけども昔からそうなんだなあ……と、ちょっと納得である。
ピアノ四重奏というジャンルは、室内楽の歴史としてはどうしてもピアノ三重奏や弦楽四重奏に比べて軽視されがちだ。ただ、その割には古今東西作品数は多く、僕もタネーエフやロロンと言った比較的マイナーなものをブログで書いている。そうした多くの作品の中でも、モーツァルトのピアノ四重奏曲は現存するこのジャンルの作品としては最も早い時期に作られたものである。ピアノ三重奏ほど鋭くなく、五重奏ほど壮大でもない、いい塩梅のアンサンブルだと思う。その柔らかく溶け合う4つの楽器のバランス感覚は確かに難しいのだろうし、実際そこを上手く扱えるのが天才モーツァルトの天才たる所以だとは思う。
とは言ったものの、やはりピアノに重きが置かれているような気もしないでもない。だからピアノ好きな僕には満足感が大きいのかしら、とちょっと思った。そもそもこの時代は、チェンバロがメインの鍵盤楽器である時代からフォルテピアノが普及し人気を博していった時期であり、モーツァルトがピアノパートに力点を置くのも必然かもしれない。
第1楽章Allegro、冒頭のユニゾンが素敵だ。大体こういうのが好きになる。10年以上前に書いた、ピアノ協奏曲「ジュノム」の記事でも同じようなことを言っている。さっき読み返してみたら「ピアノ四重奏曲第1番も、ほんの一瞬の序奏に身震いするほどの美が存在している」と大絶賛していた。自分のチョロさに笑ってしまうが、これは自分で把握している自分の好みだ。この序奏の音形は何度も繰り返され発展し、それもまた美しい。
第2楽章Andante、アマチュア向けということもあり、技術的に難しい部分は少ないのだろうが、これを美しく聞かせるのはやはり腕がいるのだろう。今は録音も多いし、プロの美しい演奏に出会うのは難しくない。聴き漁ってほしい。
第3楽章Rondo: Allegro、音の数は少なくて可憐で、それでいて鮮烈な印象を残すのはモーツァルトの凄さだ。途中にロンドK.485の冒頭の主題が調性まで同じで出てくる。そちらは1786年の作と言われており、このカルテットは前年の1785年作、なかなか興味深い。しかしこの楽章、全体的に歌劇「魔笛」の音楽の雰囲気を先取りしているように感じるのも気になる。魔笛の作曲は1791年。そんなことを考えて聴くのも楽しい。
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more