アシェロフ シーズンズ
現代音楽についてブログに書くときはいつも「アクセスが少なくて云々」と前書きするのがお決まりで、別に読まれなくてもいいし自分が書きたいから書くだけだし……と自らを宥めているのだけど、今回はいつもよりも読んでほしい、聴いてほしい、何なら演奏もされてほしい。そう思ったので書いている。イスラエルの作曲家、シンガーソングライターでもあるアヤラ・アシェロフの室内楽作品、“Seasons”という曲について。
幅広いジャンルで活躍するアヤラ・アシェロフ(1968-)だが、日本ではおそらく彼女について知っているクラシック音楽ファンはほぼ皆無だろう。クラシックや現代音楽ではなく、ポップスのファンでも、ほとんどの人はその名を知らないと思う。だが彼女の作った曲を聴いたことのある人は日本にもいるはずだ。イスラエル出身の世界的歌手、オフラ・ハザ(Ofra Haza)が歌うLe’orech Hayamという曲、この曲はアシェロフが提供している。1994年のアルバム“Kol Haneshama”(My Soul)に収録。You Tubeには、1995年11月4日にテルアビブで暗殺されたイスラエルのイツハク・ラビン首相の追悼公演(暗殺の一週間後、11月12日の公演らしい)で歌っている動画があるり、見たことがある人もいることだろう。一応ここでもシェアしておく。歌詞の英訳も載っているので、ぜひ読んでみていただきたい。この曲の作詞作曲をしたのが、今回ブログで取り上げるアヤラ・アシェロフである。
My Soul (Kol Haneshama)
オフラ・ハザ
アシェロフは演劇や映画やテレビで役者として活動したが、自身の一番の情熱は音楽の追求だと気付き、テルアビブで音楽を学んだ後にバークリー音楽大学へ留学。シンガーソングライターとして活動もしつつ、劇伴やダンス、映画音楽など様々なジャンルで作曲。今もイスラエルの音楽界で活動し続けている。そんなアシェロフのクラシック(室内楽)作品を収録した新しいアルバム“Time and the Hour”より、アルバム1曲めの“Seasons”を紹介したい。フルート、チェロ、ピアノのための三重奏曲。この編成は僕の大好きな組み合わせで、以前もカプースチンの曲や、これも現代音楽のホ・アリス・ピン・イ作品をブログで取り上げてた。良かったらそれらも読んでください。
タイトルの通り4つの季節ごとの4楽章構成で、ヴィヴァルディの四季と違うのは夏から始まり春で終わるということ。ピアソラのブエノスアイレスの四季と同じだ。アシェロフのシーズンズは2010年作曲、第1曲Summer Dies、第2曲Fall、第3曲Winter、第4曲Footsteps of Springと副題がある。これらの曲は、イスラエルの国民的詩人とも言われる、ウクライナ出身のヘブライ語詩人、ハイム・ナフマン・ビアリク(1873-1934)の詩から取っており、それぞれ四季の詩がモチーフになっている。この詩について調べてみたのだが、ヘブライ語詩なのでちょっとお手上げ……夏は英訳を発見(リンクはこちら)、秋と冬は不明、春は抜粋(英訳)のみ発見した。2018年には、アシェロフ自身による詩の朗読付きでトリオが演奏するという機会もあったそうだ。詩の内容がわからないのは悔しいけれど、音楽自体は非常にリリカルで、いわゆるメロディのある聴きやすい現代音楽。気軽に聴いてみていただきたい。
第1曲Summer Dies、夏が終わる。木々や空も秋色に染まり始め、公園からは人が消えていき、心は孤独、間もなく冷たい雨の音が響き始める……というような詩。ピアノの調べから、日本人の耳には久石譲のような趣きが感受できると思う。まあ久石に限ることもないが、神秘的でありかつ親しみもある映画音楽のような雰囲気だ。フルートは風のごとく、チェロは影のごとく。ピアノが奏でる背景も少しずつ様変わりしながら、高音と低音でメロディが歌われる。一日の終わり、夏の終り、それ以上の「何かの終わり」をも仄めかす。
第2曲Fall、秋、一段と寂しさが募る。フルートの歌もまして抒情的だ。チェロも嘆き節、悲しげである。ピアノも和音がない。フルートとチェロは最後の方でユニゾンになる、だがその細い細い音の重なりは、寄り添うことでいっそう寒々しさを強調する。
第3曲Winter、冬、ピアノはここで和音を解き放つ。それは優しい和音ではない。伴奏もピアノとチェロとで入れ代わり立ち代わり、まるで冬の厳しさを突きつけられたようにテンポも上がり、リズムも角が立つ。荒天、敵意、これは自然のものであり、また同時に、人間の精神における悪天候、悪意のようなものも感じる、果たしてどうだろう。詩を知らないのでなんとも言えない。チェロの低音で終えるのも冬らしい。
第4曲Footsteps of Spring、春の足音。「世界には違う風が吹く」と語られる詩。空は高く、澄み切った空気。春の風は丘を越えて村に暖かさを、木々に新芽を……という内容。音楽からは、まだ寒そうではあるが少し浮き足立つような、喜びの感情が漏れ出ている。どの楽器も、そんな小さな喜びの旋律を奏でる一方で、誰か一人は必ず悲哀をたたえているようだ。リズミカルな音楽で祝祭的な気分と、センチメンタルな音楽で物思いに耽るような気分と、その両方がある。新しい季節、違う世界を祝福しながら、季節は循環しつつ還ることのない時間が流れ続けていくのだという、無常観のようなもの。そんな風に聴こえる。
自然と人間の、変わるもの、また変わらないもの、情景、情感、季節を通してそれらを巧みに描き表現する、素晴らしい音楽だと思う。根底にあるものは何なのだろうと、こんなご時世、ふと思索したり。ともあれ、もっと知られて、聴かれることを願うし、演奏される機会も増えていくことを願う。
Crossing the River
Ayala Asherov
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more