グリーグ 弦楽四重奏曲 ト短調 作品27
この曲を初めて聴いたのは大学生の頃だったと思う。グリーグと言えばピアノ協奏曲、ペール・ギュント、そしてホルベルク組曲などの有名曲を好んで聴いていた僕は、グリーグの弦楽四重奏曲に出会って衝撃を受けた。世の中にはこんなに良い、知らない曲があるのか!と、もっと色々聴いていかないとなあと、オタク街道を邁進するパワーをもらった、そんな曲である。
有名作曲家でも、マイナーな曲を聴いていると、あんまり◯◯の曲っぽくないなあとか、やっぱり有名な曲は有名になるだけあって良い曲なんだなとか、そんな風に感じるときもあるが、グリーグの弦楽四重奏曲は違った。今までグリーグの有名な曲を聴いて「こういうところが良いなあ、好きだなあ」と思ったところが、もれなくこの弦楽四重奏曲にも存在していた、と言えばいいのだろうか。すぐ大好きになった。
20代半ばのグリーグは歌手であるニーナと結婚したばかりで、生計を立てるためにオスロで指揮者、教師として忙しく過ごしていたが、30代半ばになると、フィヨルドで有名なハルダンゲルに移住した。ハルダンゲル地方発祥の民族楽器「ハーディングフェーレ」はグリーグも愛した楽器で、ペール・ギュントでも用いている。この頃からグリーグは徐々に民族音楽に傾倒していく。また、グリーグの才能を見出した伝説的ヴァイオリニスト、オーレ・ブル(1810-1880)も、多くの民謡の楽譜をグリーグに提供したそうだ。
グリーグが1877年にハルダンゲルで作曲したこの弦楽四重奏曲は、ノルウェー民謡がベースとは言えないものの、国民楽派として名高いグリーグらしい個性の強い音楽だと言える。フランツ・リストはこの曲について「新作、ことに弦楽四重奏曲においては、グリーグのこの個性的で称賛に値する作品、これほど偉大で興味をそそられる作品に出会ったのは久しぶりだ」と語った。グリーグ研究の権威であるアーリング・ダールは、グリーグの弦楽四重奏曲を「ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲と、グリーグより15 年後に作曲されたドビュッシーの弦楽四重奏曲との架け橋となっている」と位置づけている。ドビュッシーが弦楽四重奏曲を作曲した際にはグリーグの曲を意識したのでは、とする説もあるそうだ。ドビュッシーはグリーグの音楽を嫌っていたそうだが、もしかすると関連があるかもしれない。ドビュッシーの弦楽四重奏曲は以前ブログに書いているので、ぜひ。
伝統的な4楽章構成で、演奏時間は30分ほど。第1楽章が長大なのも伝統に則っている。まず第1楽章Un poco Andante – Allegro molto ed agitato、冒頭はグリーグが作曲の前年である1876年に書いた歌曲「吟遊詩人の歌」op.25-1から取っている。この序奏が印象的で、ソファレと下がって始まるのだが、もう最初からピアノ協奏曲の冒頭ラソミの下降と似ていて、一瞬でグリーグ好きの心を掴む、この雰囲気。アレグロ・モルトの主題が始まると、その格好良さにさらに惚れる。キレのあるリズム、重音の多用、押し寄せる音の厚みとパワーに圧倒される。この、ちょっとやり過ぎなくらいが良いのだ。それこそ、弦楽オーケストラで聴くホルベルク組曲のよう。あまりにも重音が多いことは批判され、出版社からもピアノを含めた室内楽に直すよう打診されたそうだ。しかし、その厚みこそが大きな魅力の一つなのは間違いない。そして、音の厚みにもかかわらず、この編成の持つ軽さとこの編成ならではの音色の透明感がとてもよく活きている音楽でもある。そこが素晴らしく、大好きなところだ。
第2楽章Romanze Andantino、緩徐楽章は美しいメロディ。ABABA形式で、Bはアレグロ、リズムが際立つものの、ここでも変わらずに叙情的なメロディが展開される。シンプルであり、多くの独墺的緩徐楽章におけるポリフォニーの扱いとはちょっと違う。メロディの飾り方や、テンポ、キーの変え方に注意が払われていて、そういうところにグリーグらしさが現れている。
第3楽章Intermezzo Allegro molto marcato、ここで第1楽章の興奮再び、分厚い和音と力強いリズムで音が攻めてくる。長調と短調の即座に入れ替わる様、実に良い、これがたまらない。アレグロ・アジタートもかっこいい、華麗だ。半音で下がる伴奏も良い、さながらヴァイオリンは協奏曲のソリストとオーケストラのごとく、ちょっと1stが目立ちつつも全体としてはちょうどいい間奏曲を成す。
第4楽章Lento – Presto al Saltarello、短いレントに続き、快活なプレスト。この疾走する弦奏こそ、我々がグリーグの音楽に求めるもの……なのかもしれない。あらゆる動きに激しさがあり、よくわからないけども北欧らしさがあり、厳しさと温かさの両方があり、と、そんな個性を感じる。サルタレロのようにと指示があるが、この四重奏曲全体に見られる舞曲的な性質を総まとめするように、尽きないエネルギーを持ったダンスに突入する。アニトラの踊りを思い出す、そう、あの雰囲気だ。最後のユニゾンも良い、これはホルベルク組曲のリゴドンを思い出す、そう、あの雰囲気だ。
「この曲は、広がりと舞い上がるような高揚感を目指し、そして何よりも共鳴を、この曲はそのために書かれたと言っても良い、その楽器の共鳴を目指しているのだ」と友人に宛てて書いた。そんな音の響きを堪能していただきたい。グリーグの弦楽四重奏曲は他に、習作として書いたものの消失した作品と、また未完に終わった晩年のヘ長調の作品があり、後者は後に別人によって補筆されている。実質このト短調の四重奏曲op.27は唯一の完成作で、ヴァイオリン・ソナタ第3番と共に人気の高いグリーグの室内楽曲だ。寒い季節になるといっそう聴きたくなる傑作の一つ。
Intimate Voices
Emerson Qt (アーティスト), & 3 その他
ハーゲン弦楽四重奏団&イェルク・ヴィトマン グリーグ:弦楽四重奏曲 ト短調 Op.27 ブラームス:クラリネット五重奏曲 ロ短調 Op.115
ハーゲン四重奏団 (アーティスト)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more