カルドーナ オシェ
前回は比較的有名な曲について書いたので、今回は誰も知らないような曲について書いて良いことにする。巷に解説が溢れている有名曲と違い、現代音楽について書くのはプレッシャーが無いのでとても楽しいのだ。
さて今回取り上げたいのはコスタリカのギタリスト/作曲家、アレハンドロ・カルドーナ(1959-)である。どうだ、みんな知らないだろう。またアクセス減るんだよこれが。良いけど。だから今読んでくださる貴方には心から感謝申し上げます。音楽家の家系に生まれたカルドーナは幼い頃から様々な伝統音楽やポピュラー音楽に触れ、10代になるとアルゼンチンの作曲家ルイス・ホルヘ・ゴンサレス(1936-2016)から本格的に作曲を学ぶ。ハーバード大学でレオン・キルヒナー(1919-2009)らに師事し、コスタリカやメキシコを中心に欧米でも活動。長年コスタリカ大学で音楽の教授を務め、カリブ海とメソアメリカの音楽の研究と作曲の指導をするかたわら、ブルースバンド「カラカス・ブルース」を組みギタリストとしても活躍。教職は最近退任し、今は作曲や録音、プロデュース業に専念している。幅広いジャンルで活躍する作曲家だ。
なぜカルドーナの作品を紹介しようと思ったかというと、聴いて良い曲だったからなのは当然だが、この曲なら書きやすいと思ったのも理由の一つ。この曲に出会ったのは記事冒頭に貼っているラテンアメリカ弦楽四重奏団の新譜である。カルドーナのこともこのとき初めて知った。もしかすると過去に出会っていたかもしれないが、ちゃんと認識したのはこの音盤だ。僕はスペインのクラシック音楽も大好きなので、色々漁って聴いてみたりするが(時々Twitterでも紹介している)、そうすると必然、中南米の作曲家の音楽に触れる機会も増える。面白いなあと思いながらも、やはりどうしてもそちら方面の知識が追いつかないなと自覚してしまうこともある。いわゆる欧米の「クラシック音楽」を形作る文化や宗教についてはある程度の知識を得てきたつもりだけど、他地域になると途端に理解が難しくなる。伝統楽器や民族の慣習、言語や信仰、死生観など、そうしたものが土台にある作品は、ブログで紹介できるほどの知識がないし、それらを調べるのも一苦労だ。
その点、今回取り上げる「オシェ」は自分にとっては割と語りやすい。2004年にギター協奏曲として作曲され、その後改訂を加え弦楽四重奏とギターのための五重奏曲にしたものが、この「オシェ」、原題“Oché”である。多分普通のクラシック音楽ファンで「ああ、あのオシェね!」と解る人はいないだろうが(もちろん僕もだ)、このオシェというのは、シャンゴの持つ武器のことである。そう、あのシャンゴのね……はい、まじめに解説すると、ヨルバ人の伝承である神のことをオリシャというらしいが、その中にシャンゴという神がいるそうで、シャンゴは雷や稲妻、戦い、正義、そして舞踏と音楽を司るとのこと。そのシャンゴが持つ両刃の斧のことを「オシェ」というらしい。ブードゥー教の神も何柱かはオリシャ起源だそうで、ブードゥー教とかアフリカの雑貨とかに詳しい人なら「オシェ=シャンゴ」として知っているかもしれない。かもしれない、ですね、知らん!でも勇ましくてカッコいいイメージがあるので、結構ポピュラーな神様らしい。
カルドーナは「斧」と「ギター」を結びつけたのだ。舞踏と音楽の神が両刃の斧を携行するように、ギタリストも「斧」を持っている、その「チョップ」で雷を起こすことができる、と語る。非常に面白い着眼点だと思う。普通の音楽家には思い付かないだろう、さすが研究者。そしてさらに面白いのは、この曲のエッセンスとしてギターの神であるジミ・ヘンドリックスを引いてきたところである。神の持つ武器、すなわちジミヘンのギター。なるほど。ブルースバンドのギタリストらしいオリジナリティだと思う。こういう謎に独創性の高い現代音楽、大好き。チョップで雷を起こすってのは、ジミヘンの“Voodoo Child”で、チョップで山を叩き割るって言ってるのと関係があるかもしれない。ないかもしれない。
多分2楽章構成。1楽章は夜想曲風、幻想曲風の静かな雰囲気で始まる。この冒頭はジミヘンの“Red House”の冒頭を意識している。ノクターンやファンタジーも、ブルースも、突き詰めると同じ感情に行き着くのかもしれない、なんて思って聴いていると、この短い導入が終わりリズムもノッてくる、今度はロンド風だ。なんせ踊りを司っている神だからね。この舞曲風のメロディはHENDRIX(シ、ミ、ソ♯、レ、レ、ミ、ファx)を下敷きにしているそうだ。このxはダブルシャープ。ヘンドリックスらしいE7#9でもある。このこだわり。
楽譜がないから確実ではないが、ギターのめちゃめちゃカッコいいカデンツァを挟んで2楽章、こちらでもブルースの他、カリブ海の音楽やジャズギターの要素が出てくる。カリプソのようなリズミカルな舞曲がベースになり、カルテットも揺れ動くグルーヴ作りから金切り声のような高音まで、特殊奏法も混じり忙しく雰囲気を作り出す。ギターはウェス・モンゴメリーのようなオクターブや、バーデン・パウエルのような打楽器顔負けの力強く情熱的な演奏も披露する。それらがただジャズを取り入れましたとか、カリブやブラジリアンの物真似ではなく、ちゃんと一つのテーマの元に統合されているのが良い。ここではギターは神器であり、踊るようなリズムと音楽を伴い、雷を落とすのだ。
ただ単に今までになかった要素を使った芸術音楽です、というのでは、それは凄いですねで終わる。そういう現代音楽はいくらでもあるのだけど、今までになかったものや新しい要素と伝統的な要素をあわせたときに、何か根っこが繋がるような、深いところで触れ合って共鳴するような音楽は素晴らしいと思う。僕はこの曲のそういうところにも惚れている。異文化、異ジャンルの多くの要素が出てくるが、それらが無意味ではなく、全て一つの音楽、ギター五重奏という伝統的形式のもとで生きた意味を持つ。おそらくそういう中南米やアフリカの作品は沢山あって、どれも興味深いものなのだろうが、まだ僕の力量が足りずに紹介できないなというのが先述した文章の言わんとすることである。この曲ならその凄さを文章化できるかなと思ったのだ。ぜひ聴いてみてほしい。カルドーナの他の作品はBandcampで自主レーベル音盤が聴けるので、そちらもどうぞ。
Are You Experienced
ジミ・ヘンドリックス
ボス・ギター+2 (限定盤)(UHQCD)
ウェス・モンゴメリー
TRISTEZA ON GUITAR
バーデン・パウエル
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more