萩原英彦 混声合唱組曲「光る砂漠」
詩:矢沢宰
第1曲「再会」
誰もいない
校庭をめぐって
松の下にきたら
秋がひっそりと立っていた
私は黙って手をのばし
秋も黙って手をのばし
まばたきもせずに見つめ合った
第2曲「恋の詩でも読んだあとのように」
わた雪が
あとからあとから降って来ます
雪に楽しい思い出でも
見つけたんでしょうか?
いいえ そうでもないのです
ただ何か
いいことがあるような
それをいつまでも
待ってていいような……
こころ楽しくてならないのです
第3曲「早春」
雀の声の かわったような
青い空がかすんだような
ああ 土のにおいがかぎたい
その春に ほおずりしたい
なにを求めていいのやら
ああ 土のうえをころげまわりたい
きっと しまっているような
淡い眠りのなかの 夢のような
生きなければいけないけれど
なんだか死んでもいいような
去年の春 女がくれた山桜
まぶたのなかに 浮かぶような
第4曲「海辺で」
波がおしよせると
不思議な笑みをうかべ
あなたは消える
私はあわててかけより
小さな貝がらを
あなためがけて投げつける
すると魚が集まり
宝石のように
しぶきがあがる
私は手をさしのべて
しぶきの中から
濡れたあなたの手がひっぱるのを待つ
第5曲「ほたるは星になった」
暗い河辺には
静かなほたるの宴があった
ささやき合うように
命がもえて
夜つゆが光り
…………
二つの光が
もつれて河面に散った
あまりにも淡かったので
あまりにも清らかだったので
光は愛し合い
はるかなる旅へ去った
………………
私はうるんだ心を抱いて
河辺の草の中をぬけた
星はキラキラとまばたいていた
ほたる
きっとあの星のむれに入るだろう
第6曲「落石」
夜の冷たい山道から
オニツツジの根を裂き
ウドやゼンマイの芽をつぶし
岩があばら骨を叩きながら
転げた
星空から逃げるように
岩壁に砕け
急流の中に散った飛沫は
炎となってヤマメの鱗を光らせた
第7曲「秋の午後」
やさしい日の光が
庭や
薄紅いカンナの花や
道や草原を
そっとつつみこむ
やさしい日の光が
若いきれいな奥さんが
赤ン坊を抱いて
ほほ笑むまわりを
舞踏する
ああ乳の愛い匂いが
青空にこだまして
僕の心をゆするみたいだ
第8曲「さびしい道」
この道を行くと
どこへ行くのか私は今
知らない
でも私はどうしても
どうしてもこの未知を行きたい
身も心もはりさけそうな
さびしい道
だれも寄りそうてきてくれそうにない
この道
でもやっぱりこの道を行きたい
第9曲「ふるさと」
ふるさとは
ただ静かにその懐に
わたしを連れ込んだ
雲でもなく幻でもなく
生きた眼と心を持って
わたしははいっていった
青いにおいにむせかえって
ことばもなく
遠い日の記憶がよみがえった
水は白い壁と天井と共に
命のなかにあり
ふるさとの山にあった
苔むした岩肌をたたき
その響きは命の中にも流れていた
手をさし入れて
静寂の中で二つの水が混ざったとき
まぶしい輝きを覚え
「山に水を返した」と思った
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more