フォーレ 小川 作品22
前回は萩原英彦の合唱組曲についてブログに書き「フランス近代歌曲風だ」と何度も言っていたら、本当のフランス近代音楽について書きたくなったのもあり、今回はフォーレについて書くことにした。萩原英彦はカワイ出版のフォーレ合唱曲の校訂もしており、その楽譜の中には有名なラシーヌ雅歌も入っている。久しぶりに、2008年に書いた自分のブログ記事を読み返しながらクリヴィヌ盤を聴いた。本当に美しい曲だ。まだブログを始めたばかりの頃で書いている内容も大したものではないが、フォーレの音楽の美しさとその感動はあの頃と全く不変である。
久しぶりに読み返して気づいた、2008年にラシーヌ雅歌、2011年にヴァイオリン・ソナタ第1番について書いて以来、十年以上もフォーレについて書いていなかった。由々しき事態である。何か書いて数を増やしたいところだ。ピアノ独奏曲や管弦楽曲、この時期だしレクイエムも良いけれど、やっぱりね、流れとしては歌曲か合唱曲だよなあ、流れ的にはなあ……なんてぼんやり思っていたところ、そうだ、「流れ」と言えば「小川」だと思いついたので(あ、適当ですよ)、今回は「小川」という女声合唱曲を取り上げることにしたのだ。フォーレの歌曲や合唱曲なんかはどれを聴いても非常に美しく、この曲も本当に美しい。美しいし、特に気取らない感じというか、フォーレの合唱作品の中でも特に親しみやすいものだと思う。
なおラシーヌ雅歌はフォーレが10代の終わり、ニデルメイエール音楽学校在学時代に書いた作品であり、ヴァイオリン・ソナタ第1番は1875年に書いた、フォーレの出世作である。合唱曲「小川」は1881年の作とされており、音楽家としてのキャリアが充実してきた時期の作品だ。この当時のフォーレは裕福なマダムたちの合唱サークルの伴奏を務めることも多々あったそうで、ドビュッシーとの関係で有名なソプラノ歌手、テレーズ・ロジェとその母ポーリーヌ・ロジェの合唱団のために、ソロを含む女声合唱曲を作った。「小川」もその一つであり、小川の傍らに咲く花を歌った詩は作者不詳、もしかするとその辺りの愛好家たちの誰かによるものなのかもしれない。3つの部分からなり、中間部は女声ソロが先導するように歌い、小川から花への賛辞が述べられる。歌詞は以下。
Au bord du clair ruisseau croît la fleur solitaire,
Dont la corolle brille au milieu des roseaux;
Pensive, elle s’incline et son ombre légère
Se berce mollement sur la moire des eaux.
Ô fleur, ô doux parfum, lui dit le flot qui passe,
A mes tendres accents ta tristesse répond!
A mon suave élan vient marier ta grâce.
Laisse-moi t’entraîner vers l’océan profond!
Mais il l’entoure en vain de sa douce caresse,
Cette flottante image aux incertains contours,
Se dérobe au baiser humide qui l’oppresse,
Et le flot éploré tristement suit son cours!
清流のほとり、孤独に咲く花
その花冠は葦の中で輝く
物思いにふけり、身をかがめ、その影が
水面のきらめきにそっと揺れる
おお花よ、おお甘い香りよ、流れゆく小川は言う
あなたの悲しみに、私の優しさで応えよう!
私の甘美なる勢いを、あなたの優美さに結び合わせて
深い海へと引き込んであげよう!
しかし優しい愛撫で彼女を包み込むのもむなしく
形定まらず揺れ浮くこの像は
濡れた口づけの圧から逃れる
そして悲しき流れは嘆きつつ、その道を流れ行く!
内容は比較的平易でわかりやすく、そういう意味でとても親しみやすいと思う。すぐに流れて行ってしまう小川くんは、きれいな花の虚像に恋して口説いてみるけど、どうしたってチュウできないんだなあ……というね。なんてことはないが、そういうなんてことない良さだって世の中にはある。穏やかな流れを描くピアノ伴奏に導かれて現れるのは、フォーレらしい上品で心にすっと入ってくるメロディ。中間部の小川の声掛けの部分の転調がいかにもフランス近代といった面持ち、流れの勢いと愛の情熱が音楽の昂りで表現される。直後のピアノ間奏もシンプルだが美しい、フォーレのピアノ独奏曲はどれも本当に良い曲だったなと思い出す。合唱のハーモニーも、ユニゾン多めでシンプルな重なり、アマチュアが歌うのにも良さそうだ。僕が知らないだけで日本でも実は全国の多くのアマチュア女声コーラスで頻繁に取り上げられているのかもしれない。3~4分の短い曲、春のコンサートではアンコールに歌ったら爽やかで良い感じだ。
最後に、いくつか録音を紹介しよう。まずは記事の冒頭にも画像を貼っているジャン=ポール・クレーデル声楽アンサンブルのもの。フランスの名合唱指揮者クレーデルによる1959年録音。往年の名演がサブスク配信でも楽しめる。ジャケットが素敵だ、フォーレの時代の画家、ガストン・ラ・トゥーシュの「ブルターニュのパルドン」という絵画。
Fauré, Poulenc, Debussy, Roussel & Pierné: Œuvres chorales
Jean-Paul Kreder feat. Ensemble vocal Jean-Paul-Kreder
↓はジャン・スリス・ヴォーカル・アンサンブルの1992年録音。クレーデル盤より良い音質で楽しみたい方はぜひこちらも聴いていただきたい。
Fauré et son temps. Œuvres profanes pour chœur avec piano de Fauré, Chausson, Ravel, Saint-Saëns et Debussy
Jean Sourisse, Ensemble Vocal Jean Sourisse, Ensemble Vocal Audite Nova & EMMANUEL STROSSER
↓も良い、ラ・コラリヌの2008年録音。こちらは1892年製のエラールを用いた伴奏が特徴。ピアノ伴奏はグイ・ペンソン。当時の音色で楽しめる、もちろん合唱のクオリティも高い。ピアノもコーラスも味わい深い、とても良い演奏。
Nymphes & Fleurs
La Choraline (アーティスト)
↓は少女合唱団によるもの。オックスフォード少女合唱団の2008年盤、ブリテンの「キャロルの祭典」がメインの音盤だが、このフォーレも良い。ハープ伴奏も美しく、まさに天使の歌声と言ったところ。
Britten;Ceremony of Carols
Atkinson (アーティスト), & 2 その他
他にもYou Tubeではアマチュアの演奏も聴ける。春に聴くのにもちょうど良い作品。美しいフォーレの音楽で心癒されよう。
【参考】
Johnson, G., Gabriel Fauré: The Songs and their Poets, Routledge, 2009.
Gabriel Fauré: The Songs and their Poets (Guildhall Research Studies) ハードカバー – イラスト付き, 2009/10/20
英語版 Graham Johnson (著)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more